舌の色はピンク
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| 2021年11月26日(金) |
専門家の誤謬、成人男性への警戒、「男卑女卑」 |
快晴。 でも洗濯は諦めた。 なぜなら朝から唐揚げをつくっていたから…。 昨日のうちに下味仕込んでおいた鶏もも肉の水分とって、 小麦粉片栗粉まとわせて揚げ焼き。 すっかりこの揚げ焼きには慣れた。 今日はさらに、ネギダレも用意した。 少量の油で長ネギとニンニク炒めて 醤油酒黒酢砂糖で煮詰める。 砂糖よりハチミツにすべきだったと後から思った。 弁当の唐揚げをべしょべしょにしたくないから タレの水分は控えめ。 濃い味のついたネギとニンニクをのせたくらいの仕上がり。 これにキャベツとミニトマト。 朝のうちからお昼が待ち遠しいったらなかった。
実際美味かった。 がやっぱり弁当だと格が落ちる。 美味いは美味いけど。 揚げたては激ウマだからな。
仕事で不意打ちの加残業。 …かと思われきや免れた。 でもこれで1時間長引いたとしても受け入れられたろうな。 今回のはちょっとした不運の積み重ねというか、 誰に非があるわけでもないものだから受け入れられる。 立場的にはトバッチリに過ぎないけど。 恨まずに済むっていいな。
夜はサムゲタンのつもりが、 妻のリクエストで今日もぶっかけに。 つわりはこっから3週間ほどがピークのようだ。 僕の方はインスタントラーメンにした。
たまひよの記事に誤りがあったと話題に挙がっていた。 妊娠出産育児系はかなりデリケートなのだろう。 しかし、原文を読んでみたところ、 「誤ち」が見受けられるような書きかたでもなかった。 「うっかり誤解されかねない」文章ではあった。
今回は専門家による指摘が発端で燃え上がったらしい。 専門家には正しい知識、正しい情報があるのかもしれないが 正しい読みができるとは限らない。 今回の批判は的外れだった。 しかし、発言自体に非はないからややこしい。
たとえば、 「公園で遊ぶとケガをするかもしれません。気をつけましょう」 こんな意見があったとして。 これに 「公園で遊ぶこととケガすることとを結びつけられるエビデンスはありますか? 公園に行かなければケガしないで済む、だから子どもは公園に行かせるべきじゃない、 という見方ができてしまいます。 安直なコメントは控えてください」 と噛み付いたなら、これは不当だと大体の人は思えるんじゃないだろうか。 言ってること自体にはそう間違いはない。 ただ、つっこみどころが不当なのだ。ずれている。 しかしこの指摘した人間がその道の専門家となると、 途端に全面的な信頼を寄せ付けてしまう。 的外れに気づきにくくなる。
妻が、男女の犯罪率について不思議がっていた。 凶悪犯罪は男性ばかりに引き起こされているのか。 僕は、数字を見たわけではないが たしかに男性ばかりなのだろうと応えた。 もちろん、無差別でなければ女性だって、放火もするし恋人を刺しもする。 毒を盛ったりひき逃げしたり、はたまた虐待もあるだろう。 ただ少なくとも、怨恨ひいては因縁のない他人相手に どれだけの危害を加えるかといえば、 成人男性に比べてよりキケンだということはないだろう。
僕は、成人男性が警戒されるのは仕方ないと思う。 ましてや幼い子どもがいる人々にとっては。 「声をかけただけで事案発生」 とする現代の行き過ぎたような過剰反応は、 男性とくに独身男性にとっては笑い話になりがちだけれど、 女性とくに子持ち女性にとっては過剰でも何でもない、 という見方を、 男性側がろくろくできていないのは問題だ。 「そういう目で見られるから子どもが転んでても何もできねえよ」とか 「生きてるだけで加害者扱いされて、どっちが弱者だ」とか 「自意識過剰な女が多すぎる」とか どれも的はずれだ。 それら意見の一つひとつは、ある立場からすれば正しい。 単純な話、それを言ってる本人の立場からすれば正しい。 だが相手の立場を度外視している。 幼稚で非社会的で独りよがりの意見に過ぎない。 でも「正しい意見」という価値にすがって、 強固な鎧をまとってしまう。 「正しい意見」のインフレーションに気づかずにいる。 ガキなんだな。
ところで、成人男性が警戒されるのを是とするのは、 あくまで犯罪を軸にした場合で、 この命題の軸は男に据えるべきではない。 社会的逸脱、社会病理という観点からは、 たとえば自殺率とか引っ張ってきたら たやすく男性の方を「社会の被害者」と扱えてしまうから。
そもそも男と女をやすやす比べるなよっていう。 男と女を比べたい連中の比喩はいつもずれている。 みんな同じ人間だよ、もみんな別々の人間だよ、も どっちも正しくきれいごととして成立するが、まやかしだ。
この前なんとなく、 自分がSFのディストピアを描くとしたらを ふわあと考えてみて、 「男卑女卑」の社会を思いついた。 男はこれこれこういう理由で卑しい。 女はこれこれこういう理由で卑しい。 だからどちらも等しく卑しい、ではなく、 それぞれはそれぞれの理由で独立して卑しい。 平等ではないが比べるべくもない。 男はある観点から徹底的に社会的差別をされ、 女はある観点から徹底的に社会的差別をされる。 またトランスジェンダーは尚更卑しく差別される。
ジェンダーギャップ、男女格差を埋めようとする理念の行き着く先は、 「男尊女尊」だと思われるのだけど聞いたことない。 でも「男尊女尊」を目指すべきでしょう。 その目的地への道筋を明快にするために 「男卑女卑」の社会像を見せつける、 これはアリだと思われたのだ。
「男らしさ」と「女らしさ」が非対称な美徳であるのが好きなのだ。
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