舌の色はピンク
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| 2021年11月24日(水) |
性的搾取、限局、なること |
快晴。 妻は休みをとっているから洗濯を任せた。 弁当は玉ねぎ炒めて牛肉解凍して一緒に炒めて 焼肉のタレをかぶせて煮詰めただけのもの。
昨日の話、性的搾取についても話したんだった。 法律上がどうあれ、現実に起きた損害がどうあれ、 潜在的な性的被害者は女性の中に数多くいる。 そうした人たちにとって、 「性的搾取」「性的消費」は かなり上手い表現として受け入れられた。 けどこれは上手すぎた。 なまじっか、多くの、広い意義を内包し得たために、 意味が不確定なまま乱発されてしまった…。
って話は一旦置いといて。 区分、限局の話。 名前がつけられて世界は整理されていく。 ごったにだった塊が、切り分けられて独立する。 空に虹が浮かぶ。虹は七色となる。 しかし”花は自分の名前を知らない”。 ここに他者性の神秘がある。
“be”. なること。 本質と表象。 名前は本質ではないが、 本質を規定し、保証する。 本質は、本質の時点では”何物でもない”。 空。 無。 全であり一、一であり全。 梵我一如。
名付け、ひいては言語によって、 本質は「何物か」を規定される。 「何か」から「何物か」へ。 「何か」ははじめからそれであるのに、 名付けられて「何物か」に”なる”(be)。
あーこんがらがる頭狂いそうになる。 ちょっと、試しに実証してみよう。
動物になること。労働。 これに適用すると… 呼び名において(言語による区分において) 人は動物になる(”be”)。 動物においては、生きることと労働とは不可分である (言語により切り分けられていない。一色の虹。虹は空)。 存在と生きることも不可分であり、”労働”とは”ある”ことと変わりない。 労働が労働として解放されるとは、 “本質としての(何物かでしかない)<労働>”が “言語による規定的な(何物かとされている)<労働>”から 解き放たれることである。
非唯名論者としてのプラトン(実在論)。普遍性の存否。
あーこんがらがる。
夕飯はもうメンドーだから 冷凍パスタにした。らくちんだ。 わっかりやすく美味いし。 サラダはつけた。 サラダ菜とトマトとリンゴ酢だけのサラダ。 なんか芳しいアルコールの風味で美味しかったけど これリンゴ酢が発酵してるのか?
冷凍メロン、溶けかけがシャーベットじみてて シャリッと鋭い甘味が口内を刺す気持ちよさある。 バナナジュース。 とらドラ15話。シリアス色強くなってきた。 就寝前の漫画はなし。
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