舌の色はピンク
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2021年11月05日(金) 一面においては正しい

快晴。
今日も会心の秋晴れ。
気分も良くなるってもんよ。


昼、弁当のホイコーロウをガッガッガッと平らげて(美味かった)、
図書館寄って朗読CDとレシピ本返却して、
妊娠関連の本はいまいち弱かったから借りずに出て、
九段下駅のカリグラフィー専門店に行って
母の古希祝い用のレターセットを買った。
手紙書くつもりはないから一言二言程度だけど。
後で写真を納めて贈るわけだ。


しごと。
今の上の方針と最もギャップを感じるのは、
上はあくまで仕事を「業務」の中において、
その完結性を高めたいとしている点で、
それはある一面では確実に正しいのだけれど、
全面的に正しいとは僕は思わない。
出版物を扱っている以上、
著者の思惑や読み手の感受というものを僕は大事にしたい。
だが、完結性の高い業務においては、これらは全く優先されない。
「やると決められたことをやる」「それ以外のことはやらない」
これが鉄則で、そっからはみ出した取り組みの一切は悪とされる。
まったく一面においては正しい。
でも、一面においてだけでしょう。
それをさも全面的に理法として適用しているもんだから面白くない。
早い話、明らかな誤字や作画ミスがあっても、
「編集部から指示されていない以上ウチは知らんぷりする」
という判断をとるケースが多い。
まったく、まったく一面においては正しい。
これがこちらから編集部へお伺いを立てるとなると、
ある政治が発生する。
そうカンタンに話は済まない。
その時だけの件とはならず、事例になる。
あちこちへ事情は波及する。
目に見えてデメリットが生じる場合もあるし、
見えにくい損失が生じる可能性もある。
わかる。
わかるけどダメ。
もう全然ダメ。
そうしていると仕事に魂を込められなくなる。
そっちの影響、そっちへの波及を全然考えられていない。
結果、腑抜けができあがる。
職場には腑抜けばっかりだ。
今は、決まりごとを徹底して守る人間だけが評価されている。
まったく一面においては正しい。
愚かだね。

創作者、制作物を愛していない人間の手によって
作品が世に送り出される嘆かわしさ。
思えばあの人の
 ネタバレが全然気にならない
という性情は伏線だった。
 未完結の作品は無価値
とする見方も同じくで、
つまるところ作品を生きた事物としてではなく、
もっと表層的な、所与の、器物のような扱いをしている。
精神のEDつうか。
言い出すといくらでもぼろくそに叩けてしまうな。
自重自重…。
ここの手記では自重する必要はないけれど
あんまりいき過ぎると精神に悪影響がでかねない。
自分の精神の安定のためだけに、
ある程度は愚痴も吐くし、
ある程度は悪徳を自重する。
ここはそのためのスペースなのだ。


ちはやふる。
やっぱくどい。
この漫画を芯から好きな人というのはきっと、
すなわち原田先生が好きな人だろう。
原田先生のキャラクターにノレるかノレないかが分水嶺と思われる。
すごくよくできた良いキャラだと思う。
ある意味では理想的中年像で、
おっさんかくあるべしという
愛嬌と格好良さ、
さらには欠点までを兼ね備えている。
しかし、女性的だ。
女性の描くおっさん像だ。
僕はノレない。
ぼかぁこのキャラは好きじゃない。


前々から狙っていた
西荻駅前の熊本ラーメンを食べた。
注文は野菜ラーメン。
野菜に味がとってかれて魅力がよくワカランかったな。
ノーマルのラーメンにすべきだったか。

店員さんが若く、明らかに不慣れで、
案内はたどたどしいし動きの一つ一つが覚束ない。
声だけでも張れれば断然違うと思うのだけど、
こういうときに軽妙なオッサン然として
「あんちゃんガンバレヨッ」
てな励ましを与えてやりたいのに、できない。
度胸というより貫禄の問題だ。
僕に言われてもピンとこないだろう。


妻、今夜は飲み会だった。
もちろんアルコールは飲まず、
食べ物も控え気味に…というのは本人から自重してるとして、
それでも心配ではあった。
いいかげん参加だけはしておかないといけない会社の集まりだったそうだ。
無事に戻ってきてほっとした。


数日前に原神で胡桃と護摩の杖引いたのが
じわじわ多幸感。
あーいうのって普通は引いた瞬間に
ヨッシャー!とかいって
白目向いて痙攣、
脳汁ドバドバ分泌されるのを楽しむもんだと思ってたけど
自分は瞬間的には平熱で
そっから何日間もじわじわほのかに幸せな気分になれるようで
これは良い、健康的だと思った。


いい名前を思いついた。
かなり条件を満たしている。
とくに音がいい。


れどれ |MAIL