舌の色はピンク
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| 2021年08月11日(水) |
天使の遅延証明(前編) |
晴れ。 この後数日は雨が続くようだ。 出勤時間中に十数分でも降られたらアウトだから 平日の布団洗濯は慎重に日を選ばなければならない。 予報に寄ると今日は通り雨の心配もそうなさそうだからと、 なんとか布団を洗濯して干した。 気持ちいい…。
弁当はナシゴレン。 炒めてソース絡ませるだけでできる横着版。 具もネギだけ。 あと目玉焼きのっけた。ごま油で焼いた。
ヤングガンガンコミックス、 『地獄の教頭』を読んだ。 つ、つつつつまらない…。 なろう系というのか ざまぁ系というのか 拍手喝采コピペ系というのか 悪いやつはもっと強い悪でこらしめる! ドヤ! スカッとしてね! ていうモノスゴイ幼稚な構図で話がまとまってて 現実の善悪の複雑さとか全然出てないし (その雰囲気だけはあるのに) ちょうつまらない。 作中のブラックさというか 暴力性だとか裏社会的な凶悪さも ウシジマくんが切り拓いて整備してくれた道に 甘んじてるって印象が強く…しらける。 Quoraで勧められてたのにな… あそこ漫画がよく引き合いに出されるわりに 根っからの漫画読みはあんまいないからな…
オリンピックとコロナ。 「オリンピック強行するってことは、 国民ばっかりが自粛に応じる必要はないってことですよね!」 という アホなガキの論法が本体まかりとおるはずもないのだが、 しかしアホが多いという事実は受け入れるべきだ。 この手の身勝手な論法の厄介なところは、 見かけ上は強力な言い訳が確保される点だ。 お酒と身を許す論法に似ている。 「酔っていたから仕方ない」というやつだ。 多くの例で 「酔っていたから仕方ない、とするために酒を飲む」 この意味合いが内在しており、 自分の醜さを覆い隠す役割をうまく果たしている。 因果の逆転が完成し、 自分への言い訳が確保される。 自覚のある人間はたびたび自己嫌悪に駆られもするだろう、 自覚のない人間はただただ厄介だ。 自分への言い訳をないものとして扱う。
…ていうか世の中、 自分への言い訳に無頓着すぎやしないか? そんなに向き合いたくないのか。 ダイエット中なのに完食してしまう、 恋人がいるのに別の異性に懸想してしまう、 コロナ禍なのに外遊びしてしまう… 認知的不協和の例を持ち出すまでもなく こんな心の動きは日常にありふれていて、 そのたびにほとんど誰もが、 「でも…だから仕方ない」 と言い訳を持ち出して、自分を納得させる。 傍から見ると滑稽であるし、 自分自身もまっとうに向き合ったなら その醜さに吐き気がするやつ。 への言及を、とんと見ない。
割拠における地獄の正体、 はじめはどんなにしようかちょっと悩んだけど、 この 自分への言い訳 を採用して正解だったと思う。 まごうことなき地獄だ。
夕飯は醤油ラーメン。 暑いけど食べたかった。 生めんを茹でてメンマ入れただけ。 夕飯の記録ももう数カ月続けてるけど こうしてみるとやはり横着は多い。 残業のある月水金は帰宅が22時あたりになるから できればそっから10分くらいで食べたいんだよな。 あー疲れたっつって帰宅したそばから ノンストップで飯作ってるだけ偉いだろう。
「私デバッグが好きなんだ」 と出し抜けに妻が言い出すものだからびっくりした。 僕自身にはほぼ縁がないから実体験とはならないが、 デバッグは地獄といった声は世間に多く聞く。 あるバグを発見する、その原因を突き止める、 どうにか補修する、なぜかうまくいかない、 どうにか補修する、なぜかうまくいった、 それに連動してか今度は別のところにバグができた、 どうにか補修する、なぜか… の繰り返しで終わりが見えない。 やすやすと想像のつく苦しみだ。 だから、普段まず言わないこの言葉を吐いた。 「変わってるね」 へたしたら何十年ぶりに使ったかもしれない。
よくよく話を聞けば、 たしかにゲーム界隈だとかでのそれは怖ろしいのだろうけれども 私が触れる程度のプログラムならば問題点が明確だからそう大変じゃない、 私は問題点を明らかにするのが好きなのだ、 という話だったから納得した。
天使の遅延証明、やはりここにも残しておくことにした。 いっぺんには載せられない(enpitsuは1万字まで…)から 今日明日で分割。
[天使の遅延証明](1/2)
人が息を引き取ってから八分間はまだその人がこの世に留まっていると知れたのは、ある小学生の自由研究がきっかけだった。たいがい人さまを困らせて喜びがちな悪戯好きの同世代の少年と比べてなお、彼には素直でないところがあり…彼の母親いわく「身の毛もよだつ恥さらし」の趣味があり…その気質は夏休みの自由研究のテーマにも表れていたが、誰にも邪魔立てされぬよう、余命幾ばくもない実の祖父を対象とした死期の観察を進めていることは、彼の兄以外には知らせていなかった。 祖父は肺を病んでいた。度重なる手術に身体はすっかり弱りきり、いくつかの合併症も患っていた。少年は病名、病状から似た事例を調べあげ、細かな数字の一切を記録して、祖父の余命の期待値を計算していた。少年の立てた予定日より一日早く、祖父は息を引き取った。 往生際には是非とも立ち会っておきたかったが、大人たちの判断で少年は病院には連れて行かれず、祖父の自宅に置き去りにされていた。真夏の盛りのわずかに手前、蝉の声が幾重にも重なり合う昼日中のことだった。古い家なだけあり、風が通り過ぎるほどよく通る。生ぬるい風が吹き抜けるたび老いた匂いがした。戦前生まれの祖父にとっては文字通りの生家で、お産もここで迎えたとのことだった。 留守居を任された少年は、この上ない好機を得たつもりでせっせと記録をつけていた。写真、書類、登録証…。知りたかった祖父のデータがこれでもかと揃っている。祖父の生年月日からこの家の緯度経度まで、新たに得られた情報を片っ端からノートに書いていく。少年はまっすぐ育っているとはいい難い性情の持ち主ではあったが、真面目だった。彼なりに、真面目に自由研究に取り組んでいた。蚊に刺された腕をかくたび、汗がノートにしたたった。つい指でぬぐう。鉛筆で書かれた文字が滲んだ。こうなると消しゴムをかけるにも苦労する。もともと消しゴムは好きではなかった。あらゆる過去は修正できないものと子どもながらに信じていた。 ふいに蝉の声が止んだ。風も匂いも潜まった。聴覚が失われたような静けさに気を向けると肌感覚が鋭敏になって、背筋をぞわりと撫でられた感触がした。息を立ててはいけない。唾液は呑み込むな。鼓動を止めろ。まばたき一つでさえしてやるものか…。自分の身体の音だけは聞きとられてしまう、ただそれだけの世界に迷い込んでしまった心地だった。 蝉が鳴きはじめた。この時間を書き留めておくことにした。午後3時27分。きっと祖父は、この時間に亡くなったのだ。 ところが夜になって母に問い質してみたところ、医師の告げた臨終時刻は午後3時19分であったという。奇妙なそぐわなさがあった。どこか噛み合ってない感じがした。
「おまえ、バカ。本当に爺ちゃん死んじゃったのに、まだノート書いてんのか」 部屋で頭と鉛筆をひねっていると兄がちょっかいをかけてきた。今朝までの豪放な態度とはまるで違う。身内の死とそれに向き合う親族の感情とに接して、感傷的になっていたらしかった。 「クールでしょ」 「バカ。第一おまえ、そんないっぱい数字ばっか並べても、何がなんだかわかんないだろ」 「僕には僕のやり方があるんだよ。一流のね! いいから放っといて」 兄は一旦その場を離れてはまたやってきて、毒づいたり邪魔したりを繰り返した。慣れない感情の行き場に戸惑っていたのだった。挙句の果てには手伝わせろと迫ってきた。 「兄ちゃんがグラフにしてやるよ。お前も今のうちから、グラフ慣れしといたほうがいいぜ。この世界にはグラフにできないものなんてない。つまり、グラフは世界の全部を表現できるんだからな」 持て余した感情を、いっそ機械的な数値の処理に落とし込むことで、どうにか心理の安定を図ったものらしい。 しかし何より、あの時はただ習得したての技術を試してみたかったのだと後に兄は述懐した。 その試みは兄弟の行く末を決定づけることとなった。
兄の仕立てたグラフ上にはある図形が現れていた。 幾何学の図形ではない。一枚の羽根だった。 兄がどうした法則で数値を始末していったものか少年にはわからなかったから、はじめは兄がデタラメに絵を描いたものと見なしていた。ところが兄は深刻ぶってわなないている。 「これ、本当? 本当に、こうなるの?」 「えらいもん掘り当てちまったな」 少年は歓喜に打ち震えた。 緯度経度にせよ、時刻の数値にせよ、いずれも人間の勝手な尺度であるのだから、神の摂理には関係あるはずがない。関係あるはずがないからこそ、かえって、絶対者の悪戯めいた超越性を感じさせていたのだった。 「兄ちゃん、すごいよ。どうしてこんななるの。どうしよう」 「でもお前、よくわかんない数字が多いよ。この3時27分てなんの時間なんだ?」 「それは…」 少年は仮説を立ててみた。 祖父は息を引き取ると、その…魂というのか、霊というのか、とにかく彼そのものは…死に場所を離れて、この生家までやってきた。祖父に限らず、ひょっとすると、人は死ぬと必ず、生まれ落ちた場所に一度戻ってくるのかもしれない。 そして天使は遅れてやってくる。 死者がどこをさ迷おうが、八分遅れでやってくる… 「この羽根の絵は、天使が遅れてやってきたことの証明なんだよ」 なんてね、と繋げた弟の言い回しを兄は聞き取らず真に受けて、なにやらブツブツ呟いていた。 “シーウィーン”は小中学生を中心としたSNSで、一つの投稿に、文字、画像、映像、図像、音楽、動画を好きなようにまとめられる。ここで語られる話や情報は真偽の如何が重視されない。開設初期はそうでもなかったが、ある時期にここを発生源としたデマが爆発的に広まり、それから皆が皆好き勝手な妄想を表す場となったという歴史がある。おかげで多くの子どもが鬱憤のはけ口として活用していた。クラスメイトの悪口を書こうが、不幸を願おうが、ここに書いてあることは本当じゃないからという言い逃れがかなう分、気軽に呪えるのだった。 都市伝説や陰謀論とも相性がいい。児童の健全な人格形成を阻む有害サイトとして規制対象に挙げられる日が遠くないことは誰の目にも明らかだった。とはいえ、住人として長く留まるアカウントはわずかだった。高校生にもなれば、まだあんなところに出入りしているのかと嘲笑される、今では落ち目のサイトだった。 兄はまだシーウィーンのアカウントを保持していた。 「ちょっと信憑性を高めたいときは、検証したがる連中を刺激して反応を増やすのがコツなんだよな」 「どうするの」 「バカ正直にそのまんま書く必要はないからな。今回だったら、うちらのじいちゃんってポイントはずらせないけど、名前だけ有名人から借りちまおう。同姓同名ってことにすりゃいい。それきっかけで、調べるやつは調べる。調べだしたら、それが一歩目になる。あとは成りゆき任せだ」 ここでの投稿は“シーウィー”と呼ばれている。噂、妄想、知られざる真実、といったニュアンスを含んだネットミームとして認知されていた。兄のシーウィーは当初こそ注目されなかったが、別の人気アカウントがこの内容を剽窃し、再投稿した。シーウィーンでは日常茶飯事のことだった。これをきっかけに“天使の遅延証明”はわずかに話題になった。とはいえそれも一部の物好きが、一部の域内で一時口の端に上げていたにすぎず、やがて誰からも忘れ去られていった。
少年の自由研究は結局未完成のまま、夏休みが終わった。仮説、推論の段階で提出する気にはどうしてもなれなかった。 彼の教師はなんでもいいから提出するよう縋った。 「先生も困っちゃうんだよ。な。夏休みに食べたものとかでいいから」 「覚えてません」 「じゃあこれなら覚えてるっていう、なにか印象深い出来事はなかった?」 「おじいちゃんが八分遅れで死にました」 教師は児童たちの思考様式や生活態度に接近したいという名目で、シーウィーンに出入りしていた。ときには児童になりすまして交流を図ることすらあった。“天使の遅延証明”を知ったのはつい先週で、なかなか好奇心を突かれたが、情報源が情報源なだけに、友人や同僚には話題に挙げられずにいた。 「それ、あれだろう。あの…」 「なんですか?」 「お前だったのか?」 「あ、思い出しました。夏休みに何食べていたか全部」 「な。してるんだろ。その…研究。先生も協力してやろうか」 「結構です」 あたら遠くの方を見る落ち込み方をした教師を哀れんで、いくらかの問答ののち、結局少年は教師を一味に加えてやった。
少年の部屋はこれまでに企ててきた悪だくみの遺産にまみれていたから、いまさら今回の資料を隠す必要はなかった。もとより父母はこの部屋を気味悪がって寄り付こうともしない。少年の方では母を部屋へ誘ってみたこともある。その日の夜、夫婦は珍しく口争いをしていた。声は潜めていたものの、要するに躾がどうのといった話題に違いないと少年は確信していた。 「審美眼ていうんだよ。審美眼が連中にはない」 理解しがたい領分に歩み寄ろうともしない大人たちを少年は常日頃から蔑んでいた。だが、この部屋に入って目を輝かせている教師を見たときには、少年自慢の鉄面皮がひきつった。 そこかしこに散らばった宝物に手を伸ばそうとする教師を遮って、本命の資料を渡してやった。ところがこちらには渋い反応を見せてきたものだから、少年としては面白くない。 「なんだ、こりゃ。デタラメだよこんなの」 「もう来ないでくださいね」 「冗談、冗談だよ」 「こっちは本気ですよ」 「仲よくしよう。酒でも飲むか?」 「結構です」
だが兄の方は教師と親交を深めていた。二年分余らせた花火をいっぺんに燃え上がらせたり、バイクの貸し借りをしていたり、ことわりなく町内のそこかしこを掃き掃除したりと、友人同然の付き合いを楽しんでいた。ただしそれらは兄がシーウィーンに書き込んでいたから知れたわけで、あまりに親しい二人の仲をどこまで信じたものか少年には疑わしかった。 兄のアカウントは次第に人気を集めていった。それに伴い天使の遅延証明”は二度目の流行を迎えた。シーウィーンの外にまで周知されるようなって、いきおい死の秘密に関するシーウィーが激増した。少年は気に留めなかったが兄のほうは全てに目を通して、これはなかなか良くできているの、これはお話にならないのと一つひとつ品評していた。 そして、ある一つのシーウィーに取り憑かれた。 死期を割り出す記述だった。 「俺は死んじまう!」 「いつ? どうやって?」 「10月26日火曜日。何度計算してもそうなる…」 「今年の? もうすぐってこと? バカじゃないの」 「お前は大丈夫だ。でも俺は死んじまう」 「なに本気にしてんのさ」 「お前な、兄ちゃんだって、100%信じてるわけじゃない。でも、お前、たとえ1%でも死ぬって、ああ、1%でも死ぬって思ったら!」 兄弟の言い争いに関してはいつも微笑ましく見守っている教師が、今回ばかりは耐えかねて口を挟んだ。 「大丈夫だ。心配するな。先生がなんとかしてやるからな」 「先生ありがとう。じゃあ、ちょっと」 二人は少年を置いてどこかへ行ってしまった。よほど重大な密談でも交わしているのかと思われきや、ものの二三分で兄だけ戻ってきたものだから拍子抜けした。
(後編へ続く)
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