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2009年02月22日(日) ■
カカシとテン子のバレンタインデイ 3)


「あ! ミスター・フィールド」
甲高い声にギクリとする。

そう、騒動は今回の依頼主の部下とともにやってきた。
先ほど、伝言を頼んだ部下と、もう一人年嵩らしいのと二人。
二人とも柔らかそうな金髪を七三に分けている。まるで双子のようだ。
「晩餐の席を用意していますので」
「え〜」とカカシさんが言う。
いくらなんでも、え〜、はないだろうと思うが、今度は若い方が言葉を続ける。
「あぁ、よかった。あのままお帰しして、散々怒られてしまいました。どうぞ、招待をお受けください」
そしてボクを見て目を丸くした後、また赤面する。

「君たちは?」
「あ。申し遅れました」
年嵩のほうが、服の胸元からなにやら取り出し、そこから小さな紙っぺらを一枚引き抜く。
「私、秘書室の」
うやうやしく差し出された紙っぺらを、先輩は座ったまま、それでも姿勢を正して両手で受け取った。
「すみませんね。自分、ネームカードを持つ習慣がないもので」
「あ、いえ、お構いなく」
「でもね。見ての通り、妻は着替えてしまいましたし、ご招待いただくほどのことは何も」
「お召し物のことでしたら、お気遣いなく。レストランではなく、部屋のダイニングルームに料理を運ばせますので」
ふうん、そんな部屋もあるのか、とボクはぼんやりと想像する。
ボクらの部屋もかなり広いが、そこにさらにダイニングルームの付いた部屋があるのだろう。
「お連れしなければ、私が怒られてしまいます」
若い方の秘書くんは、涙目になっている
「ま、じゃ、仕方ないですか」
先輩がボクを見る。ボクはどっちみち「テン子」だ。先輩とレストランディナーをとろうと、社長殿のプライベートダイニングルームでディナーをとろうと、そう変わりはない。頷くと、先輩が立ち上がった。
「君が怒られるんじゃ、仕方がないね」
「はい! ありがとうございます」
「じゃ、案内してくれるかな?」
と、名前を確かめようとネームカードを取り出そうとした先輩に、
「自分のことは、アーと読んでください。こちらはハー」
「アーさんとハーさん?」
「はい。社長専属の秘書は、アーからツェットまで26名おります。ツェー以降の24名は私設秘書で、私アーと、ベーが公式、つまり秘書室所属となっております」
えーっと、とボクは事前調査の資料を脳内でめくった。
そういえば、そんな記述があった。今回の任務には余り関係がないと思ったので、失念していたが。
なぜ、アーからツェットなのか、その理由も書かれていた。なんでも、優秀な26人の部下を持つ偉大な軍人の生涯を描いた名作があるのだそうだ。それに、ちなんだとか。
しかし、軍隊ならフォーマンセルで6小隊に中隊長2人と考えれば普通の編隊だが、いくらなんでも秘書にするには多すぎないか? とボクは思ったものだ。
「こちらです」

案内されたのは、最上階にあるプレミアムスイートルーム。
ボクらの部屋のあるフロアもそうだったが、特別なキーがないとエレベータから降りられない仕組みになっている。
30畳はあろうかというダイニングルームというよりは、体育館ですか? みたいな部屋の壁際には、ズラリと秘書殿が並んでいた。
髪の色は黒から茶、金髪、カカシさんのような銀髪までさまざまだが、みなきっちりと七三に分けていて、一見すると別人には見えない。
これじゃ○ロイカじゃなくて、パ○リロだ……とくすくす笑いながらカカシさんが呟いたのだが、よく聞き取れなかった。

「ようこそ」
ラフなシャツとパンツ姿ながら、素材の高級さがしっかりと感じられる服装の依頼主が、手を差し出す。
エスコートしてくれようとしているのだろうが、あいにく、こちらは慣れていない。救いを求めてカカシさんを見ると、笑みを返された。
「ご招待、ありがとうございます」
カカシさんは一歩踏み出すと、依頼主の手をとり握手をする。やんわりした拒絶を察したのか、依頼主もあっさりときびすを返すと、テーブルに向かった。
豪奢なダイニングテープルには、しかし三名分のセットがあるだけだ。
秘書君たちは、ただここにはべっているだけなのか? と思うまもなく、3人が椅子を引く。
そして、着席するや、また別の3人がうやうやしくドリンクメニューを掲げてくる。
「いえ、お任せします。いたって無粋なもので、こんなものを見せられても目が眩むばかりで」
傍らに立つアー君に、依頼主が何やら告げる。「かしこまりました」と答えたアー君が部下に指示を出す。
食前酒が運ばれ、オードブルが運ばれ、そのたびごとに3人がワンセットで動く。
そして、たとえば着慣れぬワンピース姿のボクがナフキンを膝からすべり落としてしまうと、サッと横から手が伸びて拾い上げられ、別の手が新しいナフキンを手渡してくれる。
なるほどこれなら、26名ぐらい秘書が必要かもしれないとボクは思った。

フルコースは、確かに吟味された食材を丁寧に調理したことが感じられおいしかった。
ワインも、料理に合わせて選ばれたのだろう。
交わされる会話は、最初こそ新社屋のデザインがどうの、というそれらしいものだったが、やがて経済全般に移り、依頼主の趣味だという読書の話になり、なぜかイチャパラの話題で盛り上がった。
茶番は茶番なりに、和やかで贅沢な晩餐だ。それだけに、疑問だった。
養父急死の報は、入っていないのだろうか?

食後のブランデーを飲みながら、なんとなく居心地の悪さを覚えていると、部屋の電話のベルが鳴った。
アー君が動く。
「今、大事な商談中なので、くれぐれも取り次がないようにと……は? 緊急事態? わかりました」
失礼しますとアー君はダイニングルームから消えた。別室で電話をとったのだろう。
だが、その声はボクらにはつつぬけだ。
「は? 専務が? 急死?! はい。はい、わかりました。何人かそちらに向かわせます」
別室からもどったアー君が依頼主に耳打ちする。
「わかった。手配を」
アー君は壁際でかしこまっていた中から、5人ほどを選ぶと別室に消えた。
「何か?」
カカシ先輩が尋ねる。
「いえ。身内のことですので。お気になさらず」
そして、ニッコリと微笑む。あ〜、このひと、人を呪わば穴二つ掘れ、って言葉知ってるかな、となんとなく思った。

「お取り込みのようですから、我々も失礼したほうが」
「まだ、グラスが空いていないではないですか。それに、偉大なるミスター・ジライヤの三作目がいつ出版になるか、そのお話が残っています」
なんてやっていると、リンゴンリンゴンと呼び鈴が鳴った。
アー君の指示で、一人がダイニングルームを出た。
何やら押し問答をしている様子が伝わってくる。大事なお客様と会食中です、という秘書君の声と、どけ、だの、この非常時に、とか、若造はどこだ、といった声が重なって聞こえる。
それは、忍ではない依頼主の耳にも届くほどの罵声だった。

依頼主は、カカシさんを見て頷くと、立ち上がった。

「何事だ」と言いながら、ダイニングルームを出る。
廊下で訪問者たちが、わめいている。
「我々からの電話まで取り次がないようにホテルに指示するとは、どういうことだ」
「社長になったからと言って、増長するには早すぎないか?」
どうやら、アー君の指示で専務宅に応援に向かう予定でロビーに降りた部下を脅すかして、ここまで上がってきたらしい、と考え、「え?」と思う。
この階で降りるためのエレベータの鍵を、部下のだれかはもっていたのだろうか?
降りるだけなら、鍵はいらないのだ。上がってくるときは、アー君に連絡するとか、それなり顔を覚えているホテルのフロントに依頼すればいい話だ。
どうやら、この騒動、依頼主が仕組んだことのようだ、とボクは考える。
そういえば、先ほどの意味深な頷き……。

「どうせ、商談などいうのは嘘っぱち」
依頼主を押しのけてダイニングルームに入ってきたのは、3人。
先ほど、ターゲットに従っていたなかに見た顔だ。
思わずボクは立ち上がり、それから自分の格好に思い至り、あわてて腰を下ろした。
そんなボクを見て3人が「あ」と立ちすくむ。
「失礼。ミセス・フィールド。びっくりされましたよね」
“ミセス・フィールド”が自分をさすと言う事に一瞬気づかなかったボクの反応が遅れる。まあ、きっと怯えているように映ったことだろう。
「ご存知かと思いますが、新社屋のデザインを依頼しているミスター・フィールドと、その奥様です。前向きに検討してくださるというお言葉をいただいたので、ゆっくりと今後のことをお話していたところを……あなたたちは」
深くため息をつく依頼主に同調するように、カカシさんはブランデーグラスを置くとゆっくりと立ち上がった。
「何やらお取り込みのようですので、これで失礼いたします」
そう言って差し出された手に、なぜかボクは自然に自分の手を委ねていた。
「詳細は、また追って」
あくまでもにこやかに、しかし、明らかに気分を害している風を演出しつつ、カカシさんが動く。
いきり立っていた男たちが、通路を譲る。
「失礼します」
冷たい笑顔で慇懃に礼をしたカカシさんに手をひかれるように、ボクも部屋を後にした。