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 お婿にいった四+カカのお話
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2007年08月08日(水) ■
香る珈琲、そして恋 〜ぶらっく・るしあん 3)


「猫面、あんた、ちゃんと隊長と話、できたの?」
先輩抜きのスリーマンセルで里内警備を終えた夜、鳥面がボクを呼び止めた。
「え、はぁ、まあ」
曖昧にごまかすボクの首根っこが、ぐいと後ろに引かれる。
ボクは猫か? じゃなくて、ボクより小柄な鳥面に襟を掴まれると、正直苦しい。
「ほんとうに?」
半分、のけぞりかけているボクの耳元で、鳥面が囁く。
「ほ……げほっ」
「おい、離してやれよ」
見かねた虎面が鳥面の手首を掴んだ。と、首周りが急に楽になり、かえってボクは激しく咳き込んでしまった。
詰め所の連中はチラチラとこちらを見ているが、声をかけてくる者はいない。
もしかしたら、これってボクが鳥面にやり込められているように見えたりするのだろうか。
余計な誤解を招いて、これ以上こじれるのは正直、勘弁願いたい。
「あの、じゃあ、相談にのっていただけますか? 良かったら食事でもしながら」
ボクは鳥面に向き直って頭を下げた。
「できれば、ご一緒に」
と虎面にも、頭を下げる。
「払いはボクがもちます」
ここまですれば、鳥面とボクの個人的ないざこざではないとわかってもらえるだろう。
その反面、なんでボクは、こんなふうに気を使っているのだろうという疑問が過ぎる。
夏の夕方、ちょうど風が凪ぐ瞬間に立ちのぼる草いきれのような、かすかだけど、皮膚に纏わりついてくるような、そんな感じ、と言えば近いだろうか。
不快というのでもなく、だからと言って爽快でもない。
なんとなく抱えてしまったやっかいごと、でも、それはとても大事な何かを示唆しているようで、だからおろそかに出来ないとでも言えばいいのか。
ちょうど、むせかえる夏草の香りにうんざりしつつも、そこ垣間見える生命力にどこか惹かれるのと同じに。

そう、ボクにとって、先輩とのイザコザは、ちょうどそんな感じなのだ。

任務以外のときは、できるだけ穏やかに過ごしていたいとボクは思う。
だから、感情をかき回されるような踏み込んだ付き合いを避けていた時期もあった。
先輩に拾われて、それも悪くないと思うようになった。
そして気がつけば、いつもいつも先輩に引っ掻き回されているボクがいた。
やれやれ、と思うのに、勘弁してくれ、とまで思うこともあるのに、それでもボクは、まるで引っ掻き回されるためだけに先輩に近寄ってしまう。

ひとがひとに無条件に惹かれる、というのは、そういうことなのだ。
きっと先輩も……四代目に……。

「俺の行きつけの店でも、行くか?」
珍しい虎面の言葉に、鳥面とボクは一瞬、顔を見合わせた。
「静かで、店の人間も客も口が堅くて信用できるのは保証する」
気づいたら、「お願いします」とボクは頭を下げていた。

そして連れて行かれたのは、メインストリートから路地を入って、さらに奥まったところにポツンとある店だった。
構えだけを見ると、先日、通りかかった、あの珈琲屋に改装中の店に近い。
木の扉は思いのほか重いらしく、ギとかすかな音を立てて開いた。
「いらっしゃいまし」
落ち着いた男性の声が迎えてくれる。見れば、カウンターとテーブル席が3つほど。
カウンターは磨きこまれた一枚板、その向こうに見える壁面にはズラリと酒瓶が並んでいる。
「渋いバァじゃない」
鳥面がごくごく小さい声で呟く。ボクも内心で舌を巻いていた。
虎面はプライベートでは、こんな渋い店でひとりグラスを傾けているのだろうか。
「カウンターでいいな」
ボクらの答を聞かずに、虎面が奥の席を鳥面に進める。続いてボク、虎面と並ぶ。
「ビールでいいか」
鳥面もボクも頷く。イヤとはいえない雰囲気だったし、虎面に任せておけば間違いないだろう、とも思った。
すぐにキンと冷えた丈の高いビヤグラスが出てきて、小ぶりな瓶からそれぞれに注がれる。
無言のままグラスだけを軽く掲げて乾杯の意を表し、口をつける。
細かい泡がクリームのようで、その下から流れ込む爽やかな苦味と立ち上る香気に、ボクは思わずため息をついていた。
「ふぅ」
期せずして、ボクら3人の吐息が重なる。
何も頼まぬうちに「どうぞ」と差し出された皿には、ボイルしたソーセージと酢漬けのキャベツ。
噛むと口の中に肉汁が広がって、これがまたビールとよく合って……ではなくて。
ボクは、先輩のことを相談するために、ここに来たんだ。
とはいうものの、何をどう、相談すればいいのだろう?

「この店、一度だけ隊長と来た事がある」
虎面の言葉に、「え?」と反応したのは鳥面だった。
「個人的に、いろいろ悩んでいた時期だ」
ボクはカウンターに座る先輩を思い描こうとして、失敗した。
ボクが知っている先輩は、おでんの屋台、あのお気に入りの立ち飲み屋、暗部御用達定食屋兼飲み屋……だいたいがそんなところだ。
「さっきとまったく同じように俺が扉を開け、隊長を先に通した」
さっき、鳥面もボクも扉を開けてくれた虎面より、先に進むことはなかった。つまり、足が止まった。
一瞬、この雰囲気に呑まれたのだ。
なんということはないバァだが、ボクらのような若造を拒むでもなく、でもどこか威圧感を覚えさせる、いわば大人の雰囲気があった。
実際、虎面もいつもと少し違う。ごくわずかだが構えているように思えた。
「隊長は……」
言いかけて、虎面が思い出し笑いをした。ちょっと珍しい光景で、鳥面もボクも顔を見合わせてしまった。
「ああ、あの銀髪のお連れ様のことですね」
虎面の視線を受けて、初老のバーテンダーが柔らかい口調で繋いだ。
「あんなに印象的な方は、なかなかいらっしゃいません。はい、姿かたちももちろんですが」
そう言って、先ほど、ボクらが入ってきた扉に視線をやる。
「ごく自然にカウンターの、ちょうどいま、こちらの方が」と掌を上に向けて、ボクを示す。
「お座りのこの席までいらっしゃって、『ここ、いいですか?』と」
「マスターは確か『もちろん』って答えたんだ。そしたら、まだ入り口付近にいた俺を振り返って、『この席が気に入ったんだけど、いい?』と聞いてきた。いくらかは常連の俺よりもずっと馴染んでいて、びっくりしたもんだ」
「たまに、いらっしゃるんですよ。決して無理されているのでもなく、そこの空気にすんなり溶け込んでしまえる方、というのが」
「根っからの忍だからねぇ、隊長は」
感慨深げに呟いて、鳥面が前歯でソーセージのやや歯ごたえのある皮をパリンと破く。
「あれだけ目立つひとなのに、ほっんとに影薄いときは、薄いのよねぇ」
グラスに半分ぐらい残ったビールを飲み干す。見事な飲みっぷりだ。
「もちろん、そういったこともあるかと思いますが」
鳥面の前に新しいグラスを差し出しながら、バーテンダー、もといマスターは遠慮がちに口を挟んだ。
「どうなんでございましょう。そういったたたずまいの方が、必ずしも忍の方とも限らないのです」
「そう……ね。“隊長”って言って、浮かんでくるイメージって、所詮はあたしらの勝手なイメージなんだものね……」「心からこの空間と酒と料理を楽しんでくださっているのがわかって、私もその夜は、とても気分よく仕事ができました」
気づくと、鳥面もボクも、そして虎面までもが、視線を飛ばしていた。
それぞれに、カカシ先輩のことを思い出していたのだろう。
「確かに、掴み所のない面ってのも、もっているのよね……で?」
え? とボクと虎面が鳥面を見る。
「え? じゃないでしょ? ちゃんと話できたの?」
あ、と口ごもるボクに、鳥面がわざとらしいため息をつく。
「それが今日の主旨じゃないの。まったく」

「隊長と、ケンカでもしたのか?」
事情を知らない虎面の質問に、ボクはいえと首を振る。否定してから、虎面の使った“ケンカ”という言葉が面映くなった。
「ケンカというほどのことでもないんです。もしかしたら、先輩のほうはそう気にしていないのかもしれませんし」
「気にしてるわよ、あれは。だから、とっとと先に帰ったんじゃない。もしかしたら、あんたの気配探して、屋台に来たのかもしれないよ?」
言ってから、鳥面は「あぁ、もう」と頭を振ると、
「あたしも、どうしてあんなタイミングであんな切り出し方しちゃったんだか」
はぁ、とカウンターに突っ伏しそうな勢いの鳥面を見て、虎面がボクを見た。
「誤解を招きかねない話を耳にして、先輩は妙にボクを避け、ボクのほうはあたふたして適切な対応ができないまま、先輩が」
「ああ、応援か。つまり、誤解されたまま、というわけか?」
「いえ、ですから、それもきちんと確かめたわけではなく……」
言いかけた言葉は、鳥面に遮られた。
「だいたい、いつもだったら、隊長が余計な気を回してぐずってるのを、あんたがいなす、ってのが常套なのに、今回に限って、あんたも変」
「変?」と虎面がボクを見た。
「変、なのか?」
いや、待て、先輩がぐずるってとこは、何気にスルーなのか?
そんなボクの心を読みでもしたかのように、虎面が言葉を継ぐ。
「任務を離れたあのひとは、子どもみたいなものだからな。おおむね機嫌はいいが、腹が減ったり眠かったりすればぐずる、些細なことで駄々をこねる、気に食わないと拗ねる、まあ、よく相手してるものだと、いつも感心していたんだが」
へ? そんなふうに思われていたんですか?
「おまえでも、下手打つことがあるのか」
妙にしみじみ言われ、ボクは返す言葉を失った。