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2007年06月09日(土) ■
九夜十日 ―後―


先生、師、導く者。
そういう存在がイタチにはいなかった、とカカシは言う。
子どものころのイタチの修行は、当然のごとくうちは当主がみていたのだろうし、アカデミーにも通っている。
「先生」的な存在、「先生」と名のつく者はいただろう。
しかし豊かな才に恵まれたイタチに、カカシに対して四代目がしたような厳しさで接した者はいただろうか。
そう考え、テンゾウは否と答を出す。
己を厳しく見つめることを教えるのは難しい。
そして、暗部に配属になっても、うちは一族の後ろ盾のあるイタチに厳しく当たる者はほとんどいなかった。
やっかみ半分で冷たくあしらったり、邪険にしたりする者はいたが。
「オレも、そういう存在にはなれなかった……」
淡々とカカシは呟いた。事実を事実として述べている、とでも言うように。
それだけに、無念さが、歯噛みしたくなるほどの悔しさをカカシが抱いているのが、テンゾウにはわかった。
「あのとき、イタチは助けを求めていたのかもしれないのに」
「あのとき?」
「出発前」
ああ、あの意味不明の会話かと思い出すた。
「イタチが事を起こした夜――満月だった」

「満月までに、戻られますか?」
イタチはそう聞いてきた。
今思えば、まるで自殺者が自分を止めてくれとサインを出すような……。
でもそれは、事の終わった今だから、気づくことができる。
「止めて……欲しかったと?」
「わからない」
カカシは首を振った。
「でも、満月の夜を決行日に決めていたことは確かだ」
きっと、そうなのだろう。その日のカカシの予定を知りたがってでもいるような口調だったから――というのも、いまだから思うことだが。
「先輩が里にいたら、決行できないと思っていたんでしょうか?」
「まさか。オレに知らせが来る頃には、すべて終わってるよ」
あの日、あの問いを発してから、九夜めに事を起こすまで、イタチは何を考えて過ごしたのだろう。
あの夜――移動に3日、任務達成に4日、そして帰還途中の2日目の夜――。
だれにも大きな怪我もなく、明日の夜は里だ、と、安堵しつつ野宿をしていた。
イナダが見張りのひとりだったから、テンゾウは眠気覚ましのコーヒーを差し入れて、少し雑談した。
「カカシさんが隊長の任務は、やりやすいなぁ」
そんなことを言うイナダに、自分が褒められたようで嬉しくなり、同時に、そんな自分が恥ずかしくて黙っていると、
「なんだよ、おまえ。いつもだったら、そこで隊長自慢が始まるのに」
と言われ、テンゾウは驚いた。
「そんなに、隊長のこと自慢しているか?」
聞き返すと呆れられた。
「してるしてる。おまえ、自覚ないの? ヤバイってそれ。まるで惚気みたいだぜ」
指摘され、ギクッとひきつると、
「ま、自慢したいのもわかるけど。あの、カカシさんだもんな」
イナダはのんびりと、腕を上空に伸ばした。
「見張りやってると、肩こるよなぁ」
鋭いくせに大雑把なイナダの性格には、ほんとうにいろいろ救われている、などと思いながら、テンゾウも空を見上げた。
闇夜にぽっかりと穴が開いたかのような満月が見えたのを、鮮明に思い出す。
何の予感も、予兆も感じなかった。
「先輩は、何か感じたんですか?」
回想に身をおいたまま問いを発したのに、的確な答が返ってきた。
「うん。今年はじめごろからムズムズしていた感じが、あの夜、なんかすごく強くってさ」
そういえば、見張り位置から戻る途中、ぼ〜っと木の枝に座っているカカシを見かけた。
いつものことだったし、周りにはほかの隊員もいたから、テンゾウはそのまま自分の寝場所に戻ったのだが。
「ムズムズって……ああ、そういえば、なんか近いうちに何かあるんじゃないか、みたいなこと、言ってましたね」
まだ付き合い始めて間なしの、まだ寒い季節。そんな会話を交わした。
「予想外の敵襲……ううん、あの九尾の夜みたいなことがあるのかな、とか、いや、九尾のときはこんな感じじゃなかったから違うか、とか。そんなこと考えていたら珍しく寝付きが悪くてね」
まっすぐ前を見たまま、カカシは付け加えた。
「あの夜、だったんだ。オレはまた、気づけなかった……」

このひとが慰霊碑の前で過ごす時間が、また増えるのだ。
そう思うと、テンゾウはたまらなかった。
何もかもを背負えるわけ、ないじゃないですか。
胸倉を掴んで、そう言ってやりたい。
でも、きっとカカシは寂しそうに笑うだけだとわかっているから、言わない。言えない。

「帰りましょう。ボクが腕を振るって、おいしいもの作ります。何かリクエスト、ありますか?」
「んー。魚」
まだ、イタチのことにとらわれているのか、反応がいまひとつだ。
「焼きますか、煮ますか、それとも、生?」
畳み掛けるように問うと、カカシが首を傾げた。
よし、真剣にメニューを考え始めた。あと一息。と、テンゾウは気合を入れる。
「魚屋寄って帰りましょう。カツオが安くなってましたよ、確か。トロカツオ、秋刀魚には負けますけど、おいしいですよね」
うん、とようやくカカシの目が輝く。
「カツオだったら、タタキがいいな」
「了解!」
「あ、あとね、前に長芋を短冊に切って山葵醤油で食べたでしょ? あれ、食べたい」
「じゃ、八百屋にも寄りましょう」
「あ〜、おなかすいた」
ほんとうは、無理やり気持ちを切り替えたのだと、わかっている。
でも、それでいいじゃないか。
「おいしい酒、ありますよ」
「決まり、今日は宴会ね」
ふたりは、商店街に向かって歩き始めた。

「ね〜。テンゾ」
あらかたのつまみを平らげ、塩もみしたキュウリと大葉を摘みながら酒を飲むカカシの呼ぶ声に、洗い物をしていたテンゾウは振り返った。
「なんですか?」
「ね〜。里抜けて、どうするんだろう?」
主語が抜けているが、イタチのことだとわかったので、テンゾウは「どうするんでしょう」と返した。
「バカだよね。何もできなかったオレが言うのもどうかと思うけど、バカだよ」
そう言って、カカシはパタンと床に寝転がる。
「ねえ、このキュウリおいしい」
近所の農家から仕入れているキュウリは、形は悪いが味は抜群、と八百屋が言ったとおりだった。
「まだ、ありますよ、キュウリ。もっと作りましょうか?」
「いい。なくなってからで」
ゴロゴロ、床を転がっている。
洗った皿をかごに伏せ、テンゾウはカカシの隣に腰を下ろした。
ゴロンと遠ざかったカカシが、今度はこちら側に転がり、さらに反転して、テンゾウの膝に頭をのせた。
「酔った」
酔ってもいないのに、カカシが言う。テンゾウは黙って、カカシの髪に指を絡ませた。
「味噌汁でも作りましょうか」
「いらない。ってゆーか、腹いっぱい。じゃなくて、おまえ、食い気ばっかり」
はは、と笑いながら、テンゾウはゆっくりと絡ませた髪から指を抜き、また絡ませる。
カカシが鬱屈を抱え、それをもて余ししているのに捨てることもできず、ただ、我が身に引き受けているのがわかる。こういうとき、自分は無力だとテンゾウは思う。
だからこそ、こういうときは、甘えたいだけ甘えてくれればいい、とも思う。
八つ当たりでもなんでもいい。そうすれば、少しは自分も気が楽になる。
「あのね、テンゾウ」
「はい」
「オレ、イタチのこと嫌いじゃなかったよ」
「……はい」
後付の写輪眼を持つカカシを、一族のだれとも違う眼差しでイタチは見ていた。
その視線の意味するところはわからなかったが、少なくとも侮蔑ではなかった。
むしろ、あれは……と、イタチの目をテンゾウは思い出す。
あの宴席で、こぼれた酒に気づかず服が濡れるがままに任せた部下を見る眼差しに、近かった。
まだ少年なのに。あるいは、少年だったから、だろうか。興味深いものを見守るような、同時に、心配してでもいるような、そんな視線だった。
カカシが気づかなかったはずがない。
二人が写輪眼について話を交わした様子は、なかった。
けれど、イタチはカカシの目を気に掛けていたのだろう。どういう意味でかはわからない。ただ一族のほかの者たちが気に掛けているのとは、まったく違った意味合いだったのはわかる。
「ボクも」
あまり関わりはなかったが。
「嫌いではありませんでしたよ」
テンゾウの答に、カカシは「そ」とそっけなく答えた。
その表情は、テンゾウ自身の膝に隠れていて見えなかった。

この兄弟は、何年もたってから、彼らと再び深く関わることになるのだが、それはまた別の話。



<了>


九夜十日(ここのやとおか)
梅酒に最適と言われる香り高く、酸味のきりっとした梅郷種の梅を使用した41年古酒入り梅酒。独特の薬草のような風味があり、個性的な味わいは飲み手を選ぶ。