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2007年05月11日(金) ■
月読 2)


「カカシさん」
病院のベッドに眠る先輩を見る。
一見、ぐっすりと眠っているだけに見えた。苦悶の表情も浮かべていない。
けれど、行儀よく天上を向いて横たわる姿から、この眠りが自然なものではないことを感じとってしまう。

いったい、どんな術だったのか。
ボクはそっと先輩の髪に触れた。

通常の幻術ならチャクラを流し込めば解けるが、そう生易しいものでもないのだろう。
だいたい、まだ術にかかったままなのかどうかも、実は定かではないと聞いた。
術そのものは解けているはずなのに、眼を覚まさない――その可能性もあるらしい。
幻術にかかった者特有のチャクラの乱れはないそうなので、むしろその可能性のほうが高いとも聞いた。
イタチと対峙した一瞬、先輩が術にかかったような気配はあったそうだ。
が、すぐ気づいた。その後、倒れたという話だ。
ただ、短時間にそこまで消耗するような打撃を与える幻術で、今回のケースに似たようなものは過去にはない。
だとしたら、それだけのダメージを与えられるだけのまったく新しい術だったか。
医療班にわかるのは、そこまでだった。
だからこそ、綱手さまの帰還が待たれているのだと言えよう。

それでも。
気休めでも。
たとえ無駄かもしれなくても。
少しでもこのひとが安らかになれるようにと、祈るような気持ちでチャクラを流す。

イタチの写輪眼に対抗できるのは自分だけ。
そう思って、ほかの上忍が手を出すことを禁じたのだろう。
もらい物の能力、と笑っていた先輩を思い出す。
「自力で開発するのは、けっこう大変だったのよ〜」
そんなことも言っていた。
「最初のころなんて戦闘が終わった途端、眩暈はする、吐き気はする、で、ぐ〜らぐら。でも、うちは一族はなんにも教えてくれないしね。一族以外の者が写輪眼を持っているなんて、って感じだったから」
実際、眼を返せと言われたこともあると聞く。
呪われた眼だと噂されてもいたのだ。
でも噂とは裏腹に、写輪眼のことを語る先輩は楽しそうだった。
「片目で戦うのには、すぐに慣れたんだけどね、やっぱりもらい物ってのは、馴染むまでが大変だよね〜」
やはりもらい物の能力を持つボクにあけすけに言いながら、笑いかけてくれたのは先輩だけだ。
イタチが里抜けしてしばらくしたころだったろうか?
「この眼の遣い方に、もっと違う道がありそうなんだよね」
と言ったのは。あのころから、先輩の写輪眼に対する姿勢が少し変わってきた。
「もう……里にはだれもいない。だから、オレがやらないと。うちはサスケがいるから。いつか彼が開眼するときのためにも」

いつも、そうだ。
いつも、自分よりも里。自分よりもほかのだれか。
ここがオレの居場所だよ、なんて言っていた暗部を離れ、下忍を担当する上忍師になり、ますます自分よりも里の未来、その未来を支えるはずの部下たち、になった先輩。
すぐ無茶をしたがるこのひとを引き止め、やっとチャクラ切れで倒れることがなくなったと思ったのに。
下忍の部下をもった途端、里外任務でチャクラ切れを起こしたと聞いて、心配より何より、怒りを覚えた。
目の前にあのひとがいたら、「あなたは、また!」と怒鳴りつけていたかもしれない、というほどの怒りだった。
実際、その少しあと先輩を訪ねたとき、ボクは不機嫌を隠し切れなかった。
申し訳なさそうにボクを見て、「ごめんね」と言ったっけ。それでもまた同じことを繰り返すのだろう、このひとは。

飄々としていると言われる先輩の、胸の奥に滾る想いの熱さは、おそらくライバルを自称する、かの上忍にも劣らない。いや、そういう熱さを秘めているから、かの上忍がライバル視しているとも言えよう。
芯はとても熱いひとなのだ、と思う。
だからこそ、忍として生きていくために、その熱さを隠し、飄々とした風を装っている。
忍として生きていくよう育てられたひとだから、子どものころからそうだったのだろう。
それでもひととして歪まず、壊れず、今のカカシさんに到達した、というのは、凄いことだと思う。
まぁ、いろいろ付いて回る噂話から推測するに、やんちゃな時代もあったようだし、壊れかけていたころもあったようだとは思う。
実際、付き合ってからも、このひとの奇態な行動に振り回されること……数え切れない。
それに今も、人前で堂々と18禁本を読む、という所業が果たしてまともなのか、ということにもなる。
ただ、それをふまえたうえで、改めてカカシさんを検証するに、自分の行動が周囲からどう見られるかも理解しているし、それを承知のうえでの今の行動でもあるとわかる。
ボクは思い出す。
一見錆びているように見えても、芯は鋼のまま、決して折れることのない釘でいたいと言った彼を。

「早く元気になってください」
閨でいつもするように、髪に指を絡ませては解き、それから生え際をなぞる。
犬が撫でられているときのように気持ちよさそうに眼を細め、喉の奥を小さく鳴らすのだ、このひとは。
でもいまはただ、静かに横たわっているだけ。
「元気になってください」

――!

このとき部屋に近づいてくる気配がなければ、抱きしめたいという衝動をボクは抑えることができなかったかもしれない。
が、ふたつの気配がこの部屋を目指していた。ボクは気配を断ち、姿を隠した。

「毎日、通っているの?」
扉を開けて入ってきたのはカカシさんの部下のひとりとアカデミー教師だった。
「いや、面会時間に間に合うときだけだよ。さくらこそ、毎日、通っているんだろう?」
「カカシ先生は、ついで、よ。サスケくんのお見舞いの、ついで」
そう言って、少女はそっと眠る顔を覗き込む。
「ねえ、イルカ先生?」
「ん、なんだ?」
「どうして、オトコのひとって無茶ばかりするの?」
「どうした? 急に」
言いよどむ少女に先を促すような相槌をうって、彼――うみのイルカは眼差しを和らげる。
先輩が担当する下忍たちのアカデミー時代の担任だ。
いいひとなんだよ〜、と先輩が言うからには、いいひとなのだろう。
一見凡庸な中忍だが、バランスよく安定しているのがわかる。意外と戦場向きの資質を備えている彼が、戦忍ではなく教師をやっているのは、何か胸に期することがあるからだろう。
「だって、サスケくんだって、ナルトだって、無茶ばかり……。リーさんも、もう忍としてやっていけないかもしれないっていうほどの大怪我なのに、病室、抜け出して鍛錬しようとするし……」
最後のほうは泣くのを堪えてでもいるのだろう、声が小さくなる。
「カカシ先生だってそうよ。チームワークが大事、なんて言いながら、チャクラが切れて倒れるまで……無茶としか思えない」
「そうだなぁ……」
「イルカ先生だって……知ってるのよ、なんでかは知らないけれど、大怪我したんだって?」
あはは、と病室に似合わない快活な笑い声をあげて、彼は頬をかいた。
「どうせ、だれかをかばってとか、そんなんでしょ? アカデミーでもいっつもそうだったもの」
「かなわないなぁ、さくらには」
ポンポンと、名前のとおりの明るい色をした少女の髪を、無骨な手が優しく叩く。
「守りたいものがあると、な、つい、無理してでも頑張ってしまう生き物なんだよ、オトコってのは」
守りたいもの? と少女が呟く。
「そう。俺の場合はアカデミー生。それから、さくらたちアカデミーの卒業生だ。ナルトやサスケだって、同じだろう? 仲間を守りたくて無茶をする」
少女は意志の強そうな目で、教師を見上げる。
「それに、さくら。おまえは男じゃないが、やっぱり同じような無茶をしているはずだよ」
少女は首を傾げた。
「二次予選のあと、どうしてさくらの髪は短くなっていたんだろうな。あんなに大切に手入れしていた、自慢の髪が……」
少女の目が見開かれた。
「同じ、だろ?」
少女は目を伏せ、そしてコクンと頷いた。
「……じゃあ、カカシ先生も?」
私たちを守りたかったのかな……小さな声で独り言のように少女が言った。