歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2005年10月17日(月) 画期的なむし歯治療法?3Mix-MP法について その1

この夏、当地では某放送局のテレビ番組で"痛くない、削らない、再発しない"という触れ込みの、あるむし歯治療法があると大々的に放送されました。この放送の影響はかなり大きなもので、放送終了後、僕の地元歯科医師会ではこの治療法について多くの問い合わせがあったそうです。

時同じくして、読売新聞でもこの治療法についてこのような特集記事が組まれ、大きな反響があったそうです。また、先週末に放送されたTBS系列の全国番組ブロードキャスターにおいても、最新のむし歯治療法の一つとしてこの治療法が取り上げられていました。土曜日の夜で視聴率も高い番組であるだけにその反響はかなり大きいものであることが予想されます。
このむし歯治療法の名前は3Mix-MP法。この3Mix-MP法について、今日と明日にわたって取り上げてみたいと思います。

口の中には多種多様な微生物が存在し、人間と共存しているのですが、そんな微生物の中にむし歯の原因となるむし歯菌が存在します。むし歯菌は歯に付着し、 口の中にある砂糖を取り込み増殖します。その過程において代謝産物として乳酸が出るのですが、この乳酸が硬い歯を溶かすのです。その結果、歯に穴があくことがむし歯なのです。すなわち、むし歯とはむし歯菌による感染症であるのです。

むし歯を治すには、むし歯菌に感染した歯質を取り除き、取り除いた部分に詰め物を詰めたり、被せ歯を被せることが普通です。ところが、実際の臨床の現場では、一見むし歯菌を完全に取り除いていたと思っていても、むし歯の治療後に歯が痛んだり、詰め物や被せ歯の内部の歯がむし歯になっていたりしたことが起こっています。
また、むし歯の治療のために感染した歯質を完全に取り除こうとすると歯髄(神経のことです)が露出し、その結果として歯の歯髄を取り除かなければならないことも少なからず起こっています。特に、歯が成長途中の小学生、中学生のむし歯の場合、むし歯が進行して歯髄を除去したとしても、歯が完成していないために歯髄の処置の予後は悪いことが多いのが現状で、多くの歯医者を悩ませる問題です。

そんな悩みを何とか解決したいと思い立ち上がった研究者がいました。その研究者は新潟大学歯科保存学と口腔細菌学の歯科医師たちで、彼らの長年の研究の結果、メトロニダゾール、ミノサイクリン、シプロフキサンという3種類の薬の合剤がむし歯菌の増殖を抑え、殺菌することを突き止めたのです。その後の研究 で、この3種類の薬はミノサイクリンがセファクロルに代わり、メトロニダゾール、セファクロル、シプロフキサンに変更されていますが、3種類の合剤である ことは変わりなく、いつしかこの3種類の薬の合剤による治療方法は3Mix法と呼ばれるようになったのです。これが今から20年以上前のことです。
3Mix法は、開発元の新潟大学歯学部の学術的研究、臨床研究のみならず、全国の臨床歯科医師によっても効能が確かめられてきました。多くのマスコミで3Mix- MP法が最新の治療法と宣伝されていますが、実際のところは最新でも何でもなく20年以上の歴史がある治療法なのです。

ここで、お気づきの方もいらっしゃることでしょうが、今マスコミで騒がれているむし歯治療法は3Mix-MP法です。3Mix法ではありません。MPがついていません。これはどういうことかと言いますと、3Mix-MP法とは3Mixであるメトロニダゾール、ミノサイクリン、シプロフキサン(何故か変更前の3種類の合剤なのですが)にマクロゴール、プロピレングリコールというワセリン状のものを合わせた合剤だからです。MPとはマクロゴールの頭文字とプロピレングリコールの頭文字を二つ合わせた略字みたいなものです。3Mix-MP法とは3Mixの変法であるということが言えると思います。どうしてMPを3Mixである3種類の薬の合剤に混ぜ合わせたかといいますと、3Mixの薬を歯に塗布する際、MPがあるほうがなじみやすく、浸透しやすいのだとか。か といって、MPであるマクロゴールとプロピレングリコールそのものにむし歯にたいする薬効あるかというとそうではなく、3Mix-MP法においても薬効は 3Mixである3種類の薬の合剤なのです。実質、3Mix-MP法と3Mix法は同じものなのです。

さて、マスコミ報道では3Mix-MP法はこれまでのむし歯治療法とは異なり、むし歯菌によって侵された部分を削りとることなく敢えて残し、その部分に3種類の薬の合剤を貼付することにより内科的にむし歯菌を殺菌し、むし歯を治療することが画期的であることが報じられています。3Mix-MP法においては、削っても痛みを感じることがないエナメル質だけを最低限削り、後は3種類の薬の合剤を塗布し、その上に充填材を詰めていく。敢えて悪い部分を残しても内部で3種類の薬の合剤の作用で治癒が進むとされています。このこと自体は間違いではありませんが、マスコミの報道では重要な点が欠けているところがあります。

一つは、3Mix-MP法は症例を選ぶという事実です。むし歯というと全て同じように考えられている方もいらっしゃるかもしれませんが、浅いものから歯髄に至る深いものまであります。また、症状も無症状のものもあれば、激痛を伴うようなものもあり、十把一絡げにむし歯をくくることはできません。3Mix-MP法で最も効果があるとされているのは、むし歯が歯髄の近くまで進行し、むし歯を取り除くと歯髄が露出してしまいそうな症例で、しかも、患者さんが無自覚な場合です。こういったケースはむし歯菌が歯髄まで侵入していないか、侵入していたとしても歯髄の表層に至っているようなケースであり、この場合に3Mix-MP法を行なうと効果的だとされているのです。

それでは、痛みを伴うむし歯はどうなのでしょうか?痛みを伴う場合、むし歯菌は歯髄にまで達し、歯髄が炎症を起こしているケースなのです。そのような場合、むし歯菌を取り除くだけでは歯髄の炎症が治まらないケースがあり、むし歯菌を除菌したとしても炎症が続き、痛みが治まらないケースもあるのです。このような場合、3Mix-MP法を行なったとしても結果的に歯髄を取らざるをえなくなります。3Mix-MP法では歯髄に侵入したむし歯菌にも作用し、殺菌 することができるとされていますが、むし歯菌そのものは除菌できても一度炎症が起こった歯髄の炎症を抑えるのは症例によっては難しい場合があるのです。同じむし歯であっても3Mix-MP法に効果がない場合があるというのはこういったことからなのです。

それから、3Mix-MP法は基本的に長期間の経過観察が必要な治療法です。表現が悪いかもしれませんが、3Mix-MP法では敢えて悪いものに蓋をする治療法です。いくら蓋の内部で3種類の薬による薬効が期待できるとはいえ、3種類の薬を貼付し、充填材を詰めてそれでおしまいというわけにはいかないのです。マスコミでは、3Mix-MP法によって直ぐに痛みが消失し、治療も終わるかのように報じられていることがあるのですが、内部のむし歯菌が完全に殺菌され、むし歯によって失われた歯の内部組織である象牙質が再生することを歯医者が確認して、初めて治療が成功したといえるのです。3Mix-MP法は決して短期間で終わる治療法ではなく1年程度、場合によってはそれ以上の経過観察が必要なのです。

続きは明日。


 < 前日  表紙  翌日 >







そうさん メールはこちらから 掲示板

My追加