My life as a cat
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2018年12月16日(日) わたし、すごく幸せだよ

ここに来る前、日本で働いていたとき。猫一匹と人間ひとりの暮らし。日々競争に追い立てられていた。自分のパフォーマンスを数字に換算して見せられて、うまくできなかったらその理由を探して改めて、うまくやれたらどうやったらもっとうまくやれるかと考えた。わたしはゲームの中にいた。精神を病んで消えていってしまう人も少なくなかった。わたしが毅然とこのゲームをただ楽しむことができたのは、ここで負けたからといって人生で負けたわけではない、と割り切っていたからだろう。勝ったら一杯やろう、負けたらただゲーム・オーバー。違うゲームをプレイしてもいい。仕事が終わったら農園まで歩く。野菜の世話をして収穫して家路につく。夕飯はたいてい一品しか作らないかわりに自分が大好きでとびっきり美味しいと思うものを作る。そして映画と共に味わう。

ある日、婦人科で血液検査をした時、結果を見て主治医が呟いた。

「あなたやや男ですね」

どういう意味かと聞くと男性ホルモン値が高いという。

「え!!そのうち髭が生えたりするんでしょうか」

「うん、それも考えられるね」

「どうしたらもっと女になれますか」

「あなた男に混じってばりばり働いてるんでしょ。そういう人は男性ホルモン値があがりがちなんですよ。心配いりませんよ。仕事辞めたりすると自然に女に戻りますから」

こんな暮らしぶりだったけど、わたしは幸せだった。経済的に自立していて、自由な自分が好きだった。

今、わたしはまったく違う暮らしの中にいる。朝起きて考えること。今日のランチは何にする?夕飯は?買わなきゃいけないものは・・・。家事をひととおり終えたら中庭で日向ぼっこ。午後、図書館へ行く。クリスティーヌがカフェを淹れてくれて、少しお喋りして、それから夕方まで勉強する。リュカが帰宅して夕飯を摂る。彼の仕事はそれなりのストレスを伴うものでも、彼の持ってくる職場の話は、わたしがかつていた競争の世界とは別物で、どこかゆったりしていて静かだ。一日の中で会う人はみんな穏やかで優しい人ばかり。ゲームに勝つことよりも休暇に何をして楽しむかということのほうがよほど大事な人々。綿菓子の上に寝転んでるみたいな暮らし。今血液検査をしたら、男性ホルモン値はずんと下がっているだろうと思う。

やわらかな陽ざしの中でカフェをのみながら古い写真の整理をしていたら過去のことがぽろぽろと甦ってきた。その時々でわたしはなんとか自分なりの幸せを追求して、それなりに幸せに過ごしてきた。でもわたしは本来そうゲームや競争に興じるタイプではなかった、と今振りかえって思う。今の暮らしのほうがより自分の自然な姿のように感じられる。

「わたし、今ここで暮らしてすっごく幸せだよ。ここに来る前も幸せだったけど、ここではもっと幸せ」

夕飯を食べながら唐突にそんなことを言うと、リュカは手を止めてわたしを見た。わたしがここでうまくやっていけるかと心配していた彼はほっと胸を撫でおろしたようだった。

(写真:ほうとうを練った。イタリアで買った日本のと同じ皮の緑色のかぼちゃをたっぷり入れて)


Michelina |MAIL