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| 2016年10月28日(金) |
The terrorist’s SON |
Zak Ebrahim著"The terrorist’s SON"を読んだ。
��There's been an accident"
夜明け前、ニンジャ・タートルのパジャマに身を包んだ7歳のザックが母親に揺すり起こされるところから物語はスタートする。白いシーツを広げ、最低限必要な物を詰めなさいと促される。父親がユダヤ教の要人を撃ち、自らも警官に撃たれて病院に運ばれたのだった。数日後、要人は亡くなり、父親は一命をとりとめた。ザックが大人になるまで明けることのない闇の生活のはじまりだった。
一家は引っ越しを繰り返しながら、父親の潔白を信じてせっせと刑務所に会いに行く。マキシマムのセキュリティーを持つ刑務所に入れられた極悪人でも、家族にとっては極平凡な良き夫で良き父親だった。いつか帰ってくると信じて待つ家族がいるのにもかかわらず、父親は刑務所の中で新たな陰謀を企てる。ワールド・トレード・センターの爆破だった。911の事件の3年前に爆破で怪我人と死人がでた。その事件の首謀者は刑務所にいる父親だった。彼にとっては家族の生よりも人々の死のほうが大切なのだった。
今度こそ、家族は父の潔白を信じることができなくなった。母親は離婚し、再婚した。養父となった男は社会的にテロリストと呼ばれる男ではなかったが、家族に暴力をふるう家庭内テロリストだった。
父親がテロリストへと変身する過程のひとつの事件として、お金に目がくらんだ女の人にレイピストに仕立て上げられて訴えられたというのがあった。それは非常にアメリカの闇を象徴するような事件だと思った。が、しかし息子が父と同じ道を歩むことを拒み、平和活動家となったのも、やはりアメリカという移民大国に住み、あらゆる宗教や文化、思想に触れる機会を得ることができたからだろう。そして他人を憎むことと暴力を教え込んだ父親の不在も結果的には彼を良き方向に導く大きな要因だっただろう。
Theodore Roszakという歴史学者の言葉が引用されていた。
" People try nonviolence for a week, and when it "doesn't work", they go back to violence, which hasn't work for centuries"
父親は一連の暴力によって何を得たのだろうか。仲間からの信頼か、勝利か。それは家族からの信頼と自由を引き換えにしても得たいものなのか。大きく報じられる事件、被害者やその家族の苦しみの影で、加害者の家族はひっそりと重い罪を背負いながら生きる。解せない気持ちで読み進めていたが、最近になって獄中で彼の気持ちにも変化があったそうだ。家族を失ったことを悔やみ、中東問題の平和的な解決を望んでいるらしい。
この物語はたったひとつの良い例にすぎず、今でもテロリストになるべく育て上げられている子供達がたくさんいる。彼らが自らの意思でその道を外れることはどんなに難しいことか。暴力に非暴力で立ち向かうということは相当の精神的強さがなければできないことだ。人は暴力を受ければ恐怖におののき、暴力を受けないための暴力をふるうようになる。この連鎖を断ち切る以外に解決の道はない。母親に手を引かれ父親を刑務所に訪ねる子供達をじっと見つめている女性のオフィサーがいた。大人になったザックが平和活動家となり警察内でスピーチをした際に握手を求めるラインの中に彼女がいた。テロリストの子供の行く末を心配して見ていた彼女は立派になったザックの姿を見て心から喜んでいたのだった。Theodoreの言葉通り、歴史をみればどんな暴力的解決も得るものより失うもののほうが余程大きくて、手放しで�狎�功�爐噺討戮襪發里�あっただろうか。