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とある食事の席で、日本人の女の子がフランス人の男の子に言った。
「テレビで観たけど、フランス人ってトイレに入って手を洗わないんでしょ。きたな〜い」
彼女の言葉の節々に、フランス人を見下しているのが感じられ、暗に日本の文化レヴェルのほうが上だと言いたいようで、同じ日本人として居心地が悪く、わたしはひたすら黙って食べていた。男の子のほうは彼女にまったく興味がないといった様子で、そっけなく受け流した。
「えっ、そうなの?知らな〜い」
トイレに入ったら手を洗いましょう、食事の前は手を洗いましょう、と子供の頃学校で教えられた。しかし、日本の都市部の大抵のトイレは朝から晩まで清掃業者がきれいに磨き上げている。そこまで神経質に手を洗う必要があるのだろうか。朝ごはんは食べましょうとか、バランスよく何でも食べましょうとか、カルシウム摂取のために毎日牛乳を飲みましょうとか、それと同じくらい見直してもいい、一般大衆向けのいい加減な教育だと思う。もっとも免疫の弱い子供はちゃんと守るべきなのかもしれないが、大人は自分の判断をしたらいい。除菌、除菌、と神経を尖らせてる人ほどすぐに風邪をひく。すぐに風邪をひくからまた除菌、除菌と神経をとがらせるのか。細菌だらけの世界で体から常に免疫を剥がして無菌でいようとするから体が頑張って熱を出してしまうのではないか、と勝手にわたしは想像しているのだが。風呂に入るのも下着を替えるのも週に一度という上司がいた。無精なのではなく信念をもってそうしているのだ。彼の自慢は″その割に臭わない″ということだった。確かに無臭ではなかったが耐えがたい嫌な臭いではなかった。ある日彼の更に上の上司が言った。
「明日監査だからね。ちゃんとお風呂入ってきて」
仕方なく、臨時風呂に入った彼はまんまと風邪をひいた。免疫が剥がれて体が弱ったせいらしい。
パリ在住のイギリス人作家、ステファン・クラークの著書″Talk to the Snail"にこんなことが書かれている。
― フランス人は石器時代からの食文化を守り続けている。チーズはカビが生えてから売られ、卵はまともに火を通さず食べられる。彼らはおなかの中にバクテリアが生息することをよしとする。
パリの街角でよく見る風景。雑踏の中を裸のバゲットがトロリーでレストランへ運ばれていく。キッチンで、お金を扱ったウェイターがその手でバゲットをカットし、バスケットに乗せてテーブルまで運ばれる。残ったバゲットをかき集め、別のバスケットを満たして、また別のテーブルに運ばれる。
ある日、イギリスの同胞が呼吸困難になり救急車で運ばれた。救急隊が彼女にどうしたのかと聞く。息も絶え絶え彼女が答えた。
「アレルギーのピーナッツを誤って食べてしまった」
それを聞いた救急隊員が一斉に笑い出した。それは″My ketchup was radioactive"と言うのと同じくらい彼らには滑稽に聞こえたのだろう。バクテリアと共生している彼らにはアレルギーというものが存在しない・・・・・
(※以上わたしがかなりいい加減に訳したもの)
この本は半分くらいジョークではあるものの、全く事実に基づいていないわけではない。もっともフランス人の知人は、蚊に刺されて憤慨し、皮膚が腫れたと病院へ行き、″蚊アレルギー″という病名をもらい薬をもらって帰ってきた。
食事が終盤に差し掛かった頃、先に会計をすることになった。先程の女の子が素手で財布からお金を出し、その手を洗わずにまた皿に残ったパンを千切って口に運んでいる。トイレが細菌だらけだというならお金も同じだと思うのだが。どうして学校ではお金は汚いものです、触ったら必ず手を洗いましょう、とは教えなかったのだろうか。
人間の体内はもともと細菌だらけ。血眼になって細菌と戦うより大らかに共生するほうが余程精神衛生上でも健全な気がするのだが。