My life as a cat
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2015年07月24日(金) Au secours!!!

朝、Gare de Lyon(パリ・リヨン駅)に来た。ここからTGVで約4時間、Avignon(アヴィニョン)経由でArles(アルル)まで南下する。駅の売店で水や朝食のクロワッサンを買い、20mほど先に停車していた列車に乗り込んだ。

クロワッサンを食べ、読書をし、隣席の老女と話し、たまに窓の外の単調な田舎の風景を眺めた。Avignon(アヴィニョン)で車体に″cote d'azur″と書かれたMarseille(マルセイユ)行きの電車が滑り込んできた時、これにずっと乗っていれば、地中海まで連れて行ってくれるのかと胸が躍った。電車の車中にいる人々の肌色がぐんと濃くなる。向かいに座った若いお兄さん達は全く英語ができなかったが、気さくにあれこれと話しかけてきた。自分達が買ってきたコークやらドーナッツやらをわたしにも勧めてくれた。

20分ほどでArlesに着いた。駅の構内で白髪交じりのわたしの父ほどの年齢のムッシューがラゲッジを持ってくれた。

ホテルにチェックインして、さて、ランチに行こう、と町に歩き出した。ここまではとてもハッピーだったのだが、歩き出して5分、状況は一変する。

財布がない。バッグの中身を全部ぶちまけてみたが、やっぱりない。わたしはパスポートと現金と財布だけはショルダーバッグに入れて、肌身離さず体の前に持ってきてそれを常に手で押さえて歩いていた。特に人の多いところでは。あまりにものショックにへたりこんでしまいそうだったが、そうもしていられない。すぐにクレジットカード会社に電話し、2枚のクレジットカードを差し押さえた。駅へ戻り尋ねたが、届いてなくて、警察にも行ったが、彼らはのんびりしたもので、相手にもされなかった。ホテルのレセプションのムッシュー二人はとても親身になって協力してくれて、鉄道会社に問い合わせたりもしてくれた。

せっかくのArlesの午後はレセプションの隣のテーブルにへたりこみ、脱力した体を奮い立たせて、持ち合わせの現金でこの先の旅行をやりくりできるかと計算しなければならなかった。不幸中の幸いは財布の中には2万円ほどのみであとの現金は別の場所にしまっていた。しかも、今回の旅行は南部の辺鄙なところを巡るので現金をいつもより多めに持ってきていた。宿泊費と移動の鉄道は1ヶ月前以上に予約して払い込みを終えていたので(そのほうが安い)、予定していた高価なレストランをいくつか諦めて、家族や友人へのお土産も少し控えれば足りそうだった。

旅行はなんとかなりそうだったが、どこでだれが?と思いが巡った。″Von voyage"とにっこり笑ってくれた隣席の老女が?コークを差し出してくれたお兄さんが?荷物を運んでくれたムッシューが? みんな笑顔の愛らしい人々でそんなことをするなんて思いたくなかった。それとも落としたのか?いや、でもわたしは駅の売店で水を買い、確かにバッグにしまってチャックを締めた。

カード会社に電話をして、真相が明らかになった。笑顔の愛らしい人々ではなかった。犯人はプロのスリで、リヨン駅でわたしの後をつけ、買い物しているところを背後から(あるいは遠巻きから)覗き、ピンコードを読み取った。わたしが水を買ってクレジットカードで支払い、列車に乗り込むまでの20mの間に財布を盗み、すぐにキャッシングを試みた。その際ピンコードは正しいものが入力されていた。だが、そのクレジットカードにはキャッシングは付いていなかった。2枚のうちもう1枚の滅多に使用しないほうのクレジットカードは違うピンコードを設定していたから犯人は使用できない。犯人はキャッシュを手にできず、鉄道のチケットやデパートで日用品を買いわずか30分の間に57万円を使いこんだ。

本当にプロの仕業としか言いようがない。その20mの間、人に当たられたとか、誰かに荷物を触られたという感覚は一切なかった。それにしても今回はさすがに落ち込んだ。今までなんどか物を盗まれてきたが、どれもどうやっても防ぎようのない″悪運″としかいいようのないものだった。ホテルのラゲッジルームから盗まれたとか、家にいたら強盗が窓ガラスを割って入ってきたとか。しかし、今回は自分の不注意のような気がしてならなかった。いや、あんなに注意しているのに、どこでどうやられたのかと狐につままれた気分でもあった。

「フランスって残念ながらこういうところ。大抵は東ヨーロッパから流れてくるジプシーとかの子供の仕業でフランスで生まれ育ったフランス人というのは被害者であることのほうが多いんだよ。俺だったら財布拾ったら警察に届けるもん。大抵のフランス人が同じようにすると思う」

と、レセプションのムッシューが話していた。

「まぁ、ショックだろうけど、ここで落ち込んでてもつまらない旅行となっちゃうだろから、気候もいいし、外にでてワインの一杯でも飲んできたら?」

彼にそう促されるまま、夕方やっと気を取り直して外にでた。食欲はなかったが、喉がカラカラだった。

ホテルのすぐ前に小さな小さな八百屋があってちょうど店じまいをしているところだった。そこに並んだ白桃をいつもの癖で慎重に選んでたった一つをレジに持って行った。八百屋のおじさんは嫌な顔ひとつせず、店の奥へ消えていき、5秒後洗った桃をいかにも大事な物を扱うようにキッチンペーパーで包んで持ってきて、″Voila!"とにっこり笑って手渡してくれた。落ち込んでいたせいもあって、人の好さそうな素朴な笑顔に心がゆるんで泣きそうになった。世の中は悪人よりもこんなふうに良い心で生きてる人のほうがずっとずっと多いのでしょう。外に出て、その桃を齧ると、一番熟した良い頃合いを自分のために準備してくれていたのではないかと思えるほど甘くて瑞々しかった。大げさだけど、人生の中で一番美味しい桃だった。

ベッドに横たわると窓の外の夜空に星が煌めいていた。ゴッホはこの町でローヌの川面に映る星を描いた。130年前から今も変わらずこの町は煌々と星に照らされ続けているのだなぁとしみじみ思って長い1日を終えた。


Michelina |MAIL