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同僚達とは上海浦東の空港でお別れして、ここからは自由気ままな一人旅。陽が傾きかけた上海に降り立った。早速メトロのパスを購入し、宿をとった市街中心の人民広場へ向かった。地下に潜る前に車窓から見える景色はだだっ広い大陸風で、緑も多く、あらゆる物が凝縮されて詰め込まれてたような殺伐とした香港の風景とは様相が違った。席を譲りあったり、公共の場所では静かに過ごすというようなマナーがないのはどちらも同じだが、もう中国人の秩序のガサツさにも慣れたというものだ。しかし、電車のドアが開けば、乗る人と降りる人がぐちゃぐちゃの押し合い、改札のチケットを入れる機械などは、前の人のチケットが出てくる前に次の人がどんどん突っ込んでしまうから、全ての機械が詰まってしまって結局みんな通れなくなってしまう。もう少し落ち着いて考えて行動すれば、せっかちな彼らがもっと早くスムースに目的地に着けるのに、アホだなぁと思ったりする。
1時間程で人民広場に到着。地上に出るとそこはメトロポリスだった。人民広場は東京でいう新宿御苑といったところだろうか。その周辺には高級ホテルや近代的なオフィルビスが立ち並んでいる。それでも依然通りは広々とスペースがとられていて風通しが良い。あちらこちらに公安が立っていて、クリーンでゴミなど落ちていない。大通りを歩いて宿まではほんの数分、その間欧米系のチェーンのカフェなどが立ち並び、そこに集うスーツを来た白人男性がやたら沢山目についた。大通りから路地裏に入ると、そこには庶民の小さな家々があり、窓からはふとんや洗濯物がぶら下がっていたり、小さな個人商店が軒を連ねて、お茶や果物が売られている。これはとても面白い光景だ。白人ばかりがうろつく高級ホテルのすぐ裏でこんな庶民の暮らしが営まれていて、ここにはくっきりと境界線があるように見受けられた。
宿は香港と同価格だというのにうってかわって素敵なものだった。大通りの喧騒が嘘のような静かな空間。インテリアのセンスもよく、クリーンで物が大事に使われているのがわかる。アダム君が、香港ではとにかく住居費が高くついて市民の生活を圧迫している(一般的に給料の2/3が居住費にかかると言われているそうだ)と話していたが、改めて納得。他の都市と同価格ではまともな宿に宿泊できないということなのだね。
荷をおろしたら早速上海の町へ繰り出した。人民広場から外灘の黄浦江(川)までは推定2�辧4鵑蠧擦靴覆�ら川を目指して歩いた。この周辺はどこも小奇麗で近代的だ。空港からの電車の中で会った現地在住歴の長い日本人の中年男性が″携帯電話は盗まれるから道で出すな″というアドバイスをくれたのだが、みんなスマートフォンを片手に歩いていて、道など聞けばすぐにサーチしてくれたりする。彼の情報はアップデイトされていないのだろうと安堵して苦笑した。現地の人が美味しいと教えてくれたレストランで夕飯を食べることにした。店構えはちょっと高級な雰囲気だが、観光客はなく、英語もほぼ通じない。お店のおねえさんのおすすめの上海焼きそばと揚餅をたのんでみた。どちらもとても美味しい。揚餅は炊いたごはんをギュッと固めて揚げたもので、塩味がついているのだが、グラニュー糖が添えられてくるので、まずはそのまま食べて、食後にはグラニュー糖をまぶすと団子のようなデザートになって中国茶との相性も良い。中国ではスイカが豊作なのか単に人気なのか、中国東方航空の機内食でもやたらスイカがでてきたのだが、このレストランでもデザートにサービスでスイカを出してくれた。味は日本のと変わらない。
一揆に川までの道を突き当りまで歩くと眼前に上海のシンボルであるあの川の向こうに浮き立って見える東方明珠電視塔と周辺のビル群の風景が広がった。春の夜のひんやりとした川風が気持ちよくて、ぼんやりと夜景を見るには最高の夜だった。さて、そろそろ引き返そうかと歩き出すと高級ホテルの前に次々と高級車が停まり、人だかりが出来ている。何が起こっているのかと覗き込むと、前にいた若いおにいさんが中国の映画俳優がこのホテルにいて出てくるのだと教えてくれた。i-phoneでその俳優の写真を見せてくれたが、知らない人だった。中国人達が一目見ようと次々と集まってくるので、さほど興味もなかったが、足を止めてしまったからには一目見て帰ろうと一緒になってその俳優を待った。が、30分待っても高級車が集まってくるばかりで俳優は出てこない。時刻は22:30。諦めてメトロで宿に戻ろうと思ったらもう終電がでた後で、仕方なくまた歩いて宿に戻った。もう大通りに並んだカフェなどもほぼ閉店していた。わたし自身陽が沈んだらもう眠くなってくる性質だから、朝型の都市上海とは気が合いそうだ。