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| 2005年12月16日(金) |
ほらね、壁などなかった |
久々にパースにいるマレーシア人の友達から連絡がきた。3年前は学生だった彼も今では立派な社会人。希望の職種にありつき、その"経験者"となった後、数回の転職でスキルアップも図り仕事も生活も順調、来年には家を購入する予定だという。顔は見えないがわたしの記憶の中の彼よりも凛々しく一回り大きくなったように感じる。
思えばあの頃、彼はよくうまくいかないことの理由を人種差別に結び付けていた。
人種差別以前に英語でのコミュニケーション能力に欠けている人々がすんなりとネイティブの人々の中に溶け込むのは難しい。そこに見た目も文化も歴史の背景もかけ離れていたらなおさらだろう。英語の出来ない外国人に慣れているここの人々はそういったことに関して寛容だけれど、裏を返せばとりわけ親切にするようなこともない。人種差別を嘆く人というのはまずそこでつまずいていることが大半であると見受けられた。
相当のことがなければうまくいかない物事を人種差別のせいにするのは難しい。
そこに英語に不自由することなどない若く教養のあるマレーシア人の彼がそういうのなら何かあるのかもしれないと思う半面、ただの甘えではないかとも思っていた。
大学も終わりに近づく頃、彼はここで就職活動をするか母国に帰るのか迷っていたけれどそこに運良く希望の職種の企業にアルバイトの口を見つけ、申請した永住権もあっさり取得、色々なことがうまく廻り始めて今では有名な巨大企業で社員として働いている。結局高い壁を築いていたのは彼自身でそれを少しずつ崩していった時に誰も彼の前に壁など築いていなかったことに気付いたのではないだろうか。