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| 2005年12月02日(金) |
Singapore takes Nguyen's life |
Singapore takes Nguyen's life
今朝ヴァンの死刑が執行された。先日から考えていた。結論はやはり彼は死ぬべきではなかったということ。邪悪な人間に見えない顔写真を見たからでもなく、彼と彼の家族が難民キャンプからオーストラリアに入ってきたという背景に同情したからでもない。いくらになるかも知らずただお金になるということだけを知ってカンボジアからオーストラリアまでヘロインを運ぶ途中、トランジットで立ち寄ったシンガポールのチャンギ空港で逮捕されたのが2002年、彼が22歳の時。彼には犯罪歴はないし、その後も刑務所の中で深い後悔と反省の色を見せ、捜査に協力もしている。シンガポールは彼の所持していたヘロイン○○gで○○人の命を奪うことが出来たなどという計算をしその行為が死刑に値するものだと主張しているけれど、運び屋というのは実際に死んでいく人を見るわけではないから自分がそこまで悪いことをしているという実感が沸きにくいところでもあると思う。記事を読んでいてもどうも彼が根っからの邪悪な人間という箇所は見つからず、22歳という常識的には大人と見なされるけれど、内面的にはまだ定かではない不安定な大人といった年齢でただ「考え足らず」だったという印象を受けた。彼を取り巻く環境としても友達や家族から愛されている。だから彼にはこれから充分更生の余地があると思った。
わたしはシンガポールの無慈悲な刑罰に対して少し批判的だ。恐ろしく厳しい刑罰があるから多国籍文化の小国を治安の良い国にできたのかもしれない。けれどそれでも一度罪を犯してしまった人間の中に少しでも残されている希望を省みて摘むこともせず石のように頑なに刑罰を適用するというのはどうかと思う。
そしてこの機会にもう一つの批判は逆に日本の甘すぎるる刑罰に対して。女子高生のコンクリート詰め殺人事件の犯人の少年達など反省の色の見えない者も含めたったの5年〜9年で刑期を終えてしまった。これこそ劣悪な犯罪だと思った。そしてその後も少年犯罪は増える一方なのに依然被害者よりも容疑者に偉大な慈悲を注いでいる。