My life as a cat
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2005年10月19日(水) 合理性より情

先日職場での飲み会があり、大勢が参加した。自由参加だから参加したい人だけが参加すればいいし、帰りたくなったら帰ればいい。わたしはそう思っている。けれど厳しい日本の会社でしつけられた同僚は2次会が行われたお店の外で「もう帰りたいな」とつぶやいていた新人の男の子2人を「社会人としてそれくらいつきあえなくてどうするの?」と叱ったという。新人のうちに嫌な事から逃げることばかり覚えさせたらよくないという。そんな彼女が初めて働いたという会社の話は凄まじい。新人は誰よりも早く出社しなければならない。そして何でもやらされる。毎日終電は当たり前。上司が帰っていいというまでは帰れない。「男女平等」をうたって男性と同じ仕事をさせてもらえるまではよかったけれど、力仕事も同等にやらされる(わたしはこういった体の構造的に差が出る部分での男女平等は意味を履き違えていると思うのだけれど)。彼女はそれが普通だと思っているようなのだけれど、わたしにはそれがとても無意味なことに思えた。定時内働くことは義務としても定時以降に何をしようと自分の勝手ではないか?自分の生活を犠牲にしてまで定時以降に上司に付き合わなければいけないのか?仕事が終ったらさっさと帰ればいい。仕事内容によって終る時間に差がでるのは当たり前のことなのに。そして仕事が終っているのに帰ることを上司が許さないのは何故?

日本社会はあらゆることろで合理性に欠ける。日本にはまだこんなところが多かれ少なかれ残っているから残業が多い。そしてまた日本人は悪い意味での「協調性」も強いからみんなが残業していたら自分1人さっさと帰るわけにはいかないと自分も残ってみたりする。残ってみても実際は手伝える仕事なんてなかったりするのに。

仕事でも合理性より感情的なところを重んじる日本人はそれをストレスにして病んでしまう。その新人の男の子の話にしたって、いつも遅くまで働いて、さらにつまらないと感じる飲み会にも無理やりつきあわされる。きっと彼らはそうこうしているうちにその会社しか知らない人間になってしまう。プライベートな時間を与えられないのだから、考え方もその会社に洗脳されていく。洗脳されきったところでリストラにでもあったらさぁ大変。こんなんだから会社でのリストラやイジメを苦に自殺するような人間がでてくる。

わたしはこういったところは日本の嫌なところだと思っている。もっと趣味や家族や恋人との時間を大切にすればいいのに。会社の人々と仲良くするのは大歓迎。けれど心から楽しめない「つきあい」をする気はない。会社にいる時間はただでさえ長い。だからこそ定時きっかりにあがって、プライベートな時間を持ってゆっくりと自分の思考を養いたいと思う。


Michelina |MAIL