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ホメオパシー叩きが気持ち悪い。
ホメオパシーを投与されたにも関わらず死亡というが、 病院の薬飲んでたって、治らなくて死ぬ人いるじゃないか。
病院という機構、そこで出す薬、そのものではなく、それに対する"全能感"が傲慢に感じられて好きで無い。
ホメオパシーは興味はあるが試したことないので、 いかなるものかは知らぬのだが。 効くと言っている人がいることは知ってる。
だったら、ほっとけよ。 何で治そうが、何で治らなかろうが、いつかは人は死ぬのだ。 自分の命を好きに扱ってはいかぬのだろうか? もしくは、何をしようと、死ぬ時は決まっているのではなかろうか?
今日、お通夜に参列してきた。 検査入院が17日。 30日の朝の時点でも、退院後の予定をまったり話す状態。 で、その夜、急変して死去。
家族も病院関係者もびっくりな展開だったそうだ。 病院でだって、治らんもんは治らん。 しかも予測も出来ない。 そんなんで、他の治療法に裁定下せる身分かよ。
余命3か月とかって、実は究極の選択の中では最良かも知れない。 あんまり急なのは残された人の心の整理がつけられないまま、葬儀や死亡に伴う事務手続きで もみくちゃにされてしまって、可哀そうだ。
中々死ねない「早くお迎えがこないかねえ」と言っている老人も哀れだが、 幼児を残して立ち去る壮年の死も切ない。
人はいずれ死ぬのであり、死んでしまった方が楽であろう、とは思う。 そう思いつつも気の毒な会であった。
教会でのお通夜であった。 牧師さまが聖書からの話をされていた。
「キリストが33歳で死んだ。」と初めて知った。 また、その年頃で死ぬ人を演じるのね・・・と、やり場のない気持ちをそんな風に散らしながら、 過ごしたことでした。
alain
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