|
2010年06月25日(金)
|
Mother 最終話感想
|
綺麗に着地させた最終話だったと思う。 再会を描いてHappyEndding、クリームソーダの透明なグリーンも鮮やかな絵ではあったが、再会のシーンを見た瞬間、だせっ!と感じた。 じゃあ、無い方が?と聞かれるとうー・・・ん。 私は再会の有無は委ねて去る方が好きではあるが、やっぱりけりつけた方が一般受けはいいかな。 クリームソーダだけ2つ並べても意味わかんないしね。 顔映さないところで、ぎりぎりの選択だったのかもしれん。
最終的に、つぐみの方がしっかりしていて、母性とは"誰かを守る"という庇護意識ではなく、 "愛されている自信によって、すっくと強く生きていける"自立の基盤に近いものか? と思った。
山本さん目当てで見始めたので、まず彼にFocusして書くと、 俯瞰視点の役を丁寧に演じていたと思う。
ビジュアルもよろしく眼福、 は置いておいても、出番は決して多くないながらも、独自の立ち位置で良い作品に関われて、喜ばしいこととの感想。
パンドラと言い、傍聴席が多いことといい、巻き込まれたり翻弄されたり、ではなく、引きの視点を割り振られることが多いのは、いかなるな理由によるものなのだろう?
現実の手垢が最もついて良さそうな芸歴にもかかわらず、橋本治の美少女に対する表現を借りれば、 "どんなに汚れても水を流せばすっきりきれいな便器"のように、白くてぴかぴか、肌だけではなく、存在感として・・・しているからだろうか?
この前、再放送で『南伊豆殺人事件』を見た。 表情の細かい動きは若いころから流石の細やかさであったが、声は今の方が格段にいい! 当時も今も、かすれたような柔らかさはあるのだけれども、今の方が声のベースというか背骨が一本ゆったりと太く通っていて、安心感がある。
藤吉記者の理性的な解説は、優しくも頼りがいがある声が素敵でした。
その他俳優さんも、厳選風味という表現が即座に浮かぶが、それぞれにお仕事を全うする生粋の役者さん立ちで見ごたえがありました。 映像がとても綺麗で、ストーリー以上に、映像表現自体に感動することも多々あった。 良い作品をありがとう。
最後に完全に好き嫌いレベルの不満点を ・番組ポスターの松雪の服がださすぎ。 ・同じくポスター。なぜ子供の腕をわしづかみに?! ・さらにポスター。"狂い"だから赤かなぁと一時は納得しつつも、最後まで見て心に残ったのは"救い"であり"いつかかならずという希望"。 であれば、タイトルバックのような深い青の方が合ってると思う。 ・虐待と奈緒の再生(という表現がいいかどうかは分からないが)のどっちを追いたいのか整理しきれていない印象。 最終回で仁美がかけらも出てこないこともその表出かと ・水っけが多すぎる。さぁ泣けー!な展開は醒める。 ・20歳になる前に会ってもよいのでは?執行猶予3年でしょ。 電話もメールもあるというに。と現実的なつっこみがわく。 リアルを放棄し、最後は物語をファンタジックな世界に持ち上げて去るところに、男性脚本家のロマンチシズムなのだろうと思う。そういうところが可愛くもあり、蹴飛ばしたいほどうざくもある。 ・同様のロマンチシズムの発露として。子供を、女の子をPureに美化しすぎ。 7歳の設定でしょう?その位の歳になれば、こう言えば喜ばれて日々円滑に過ごせるよね、程度の小狡さはありありだ。 可愛くふるまうことに無自覚でいたか? いや、小首を傾げる一つ演技でしたね。 しかも、その頃は演技していることにも自覚的で、であるがゆえに、小首を傾げられもせず、360度思考が回って結局何もしない、何とも自意識過剰な無愛想でしたね。
でも、そんなもんでしょう。女の子って。
何度も何度も360度回って回って(あと10回繰り返し)、すっかり灰汁が抜けた藤子さんと葉菜さんが 可愛らしく見えたのは、歳とったのか、意地が悪いのか、目が曇っているのか、曇りが取れているのか、さぁどれを選ぶ?!
どれも合っているのだろうが、それらは一つに纏めると"疲れている"ということなのだろうと思う。 生きていることのあれやこれやに。
あれだ。
昼間の疲れは私に重い。と言う、死の眠りを希う表現が思い出される。
alain
|