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2010年04月12日(月)

わが家の歴史 の感想 続き&これでおしまい

一夜明けて、記憶が毀れおちて、なお残った点を書く。

昨日"期待はずれ"と書いたけれど、けしてだめだめ というわけでもなかったですよ。
昭和を振り返るこういう試みは、近代史を知る機会のない若い人たちにもいい機会だと思うし、
駄作ではなかったと思う。

でも、期待値の高かった分、がっかりはした。

さて、ふるいに残った記憶を。または、気持ちの解釈を。
(見ていて、漠然と感じた良いとかなんか嫌。それは自分の気持ちのどっからくるんだろう。
それを一日探っていた)

目に鮮やかによみがえるのは、竜っちゃんのリボンの騎士!
この登場シーンだけではなく、登場シーン全体を通して、
やはりこの人は上手いのだ、天才なんだ、かつ、天才役をやらせたら右に出るものなし、
と納得させられる存在感でした。

あと、三谷さんの竜っちゃんへの愛情も感じた。

柴咲コウについては、認識を改めなくてはいかんかもしれない。
いじっぱりでぶんむくれな嫌な女やっても、可愛げのある稀有な女優さんと思っていたが、
改めて思い返すと、印象に残っている役はことごとくそれであったことに気付く。
もしかして、一種類しか出来ない人だったか?

長澤まさみは今までの浮き具合は頭とお育ちのよい清純派をやらせようとしていたからであって、
要するにビッチな役(人に日本語で説明をした時には、頭と股のゆるい女と言った)が鉱脈であり、
今回のドラマでは凄くうまかったと思ったのと同じで。

柴咲コウは鉱脈掘り当てるのが早かっただけなのかもしれない。

前にオードリー・ヘップバーンのことを、"初めての舞踏会が似合う少女"と名付けたのは橋本治であった。
新しい世界に頬を上気させ、でも初めてだってことを人に知られないよう、精一杯つっぱる少女。

それに倣うと、柴咲コウは"初めてのお留守番をしている少女"な感じ。

一人で出来るもん!と食事の支度やおかたづけもし、
時に指切ったりしながらも、大丈夫だもん!と涙目でひとり絆創膏を巻く。
来客には、この家を守るのは私だもん!と上目遣いに不安を隠して、精一杯立ち向かう。そんな少女。

だからさー。
囲われて両手のなかで守られる女の設定が、どっかそぐわない。
家族のために縁の下で・・・というのも、なんか嘘くさい。

だって、彼女の持ち味って『本来まだ守られるべき年代の少女が時間限定で頑張っている。』
そのけなげさだもの。
二女と三女のカップルに比べて、長女夫妻の幸せシーンではほのぼのはしなかった。
が、病棟の旦那の看病のシーンだけは良かった。

期間限定の背伸びした頑張りの魅力かと思う。


その他、全編でちくちくと嫌な気持ちがしたものが、ふるいの目にひっ掛ったので、一応書きます。

・本妻が来ている時に、有名人が続々と来て、本妻が唖然なシーン。
これ笑いどころなんでしょうか?
有名人が来ることが凄いという価値観前提で、いや、そうなんでしょうけれども、それを有名人から言われると嫌み。
本妻に見せつけるみたいで、それもまた下品。
本妻はそんな意趣返しされるほど悪いことしてないと思うけれども。

・才能がないと一人に言われただけで、くさって仕事辞めて、手近な男に食わせてもらうことにするとは。
人生設計が安直というか。
女の人の仕事ってその程度って舐めてるよね。

・人の骨を勝手に持ってきてはいかんでしょう。
人は誰かの夫であるだけではなく、誰かの友人であり、または、従兄であるかも知れず、おじさんであるかも知れず、兄弟であるかもしれない。
それぞれが皆大切に思っている、人の身体の一部を盗むのは損壊であり泥棒です。

とかね。

楽しく思い返されるのは、
つるちゃんのまあるい暖かさと野太さ。
阿野さんの淡々とした暴言。波子との他人には入り込めない、風変わりな、でも微笑ましい愛情空間。
(暴言の練りこみ方に三谷さんの山本さんへの愛も感じました)
房子の赤ちゃんみたいな無邪気な笑顔、あとは、やっぱり竜也くんの天才。

阿野さんを堺雅人さんでも面白かったような気がする。


alain

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