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前から気になっていたことがある。 都内の神社の中で5社と言われている神社の1つ、大国魂神社のこと。 西暦111年に建てられた、は眉唾としても、654年以前にあったことは確かというから、相当に古い。
で、この神社の本殿は北を向いている。参道が北に伸びている。 神社って一般に南向きとか東南向きとかじゃね? 北向きの神社というのが珍しいなと思った。
主神は大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]。 出雲大社と同じ大国主神。
国譲りでニニギノミコトに国を譲って隠居した神様。 とある解釈によると、要するに土地を追われた先住民の王であり、出雲大社はそもそも王の幽閉所であるとか。 死後は祟らない様に神として祀ったとか。 出雲族は戦いに敗れ敗れて出雲から関東東北へと北上していったとか。 龍を崇拝する一族だったとか。(ちなみに大国魂神社の境内には境内図にはないけど龍はいる。)
また、この神社は源氏に縁が深い。 源頼義・義家の父子が奥州征伐(前九年の役.1051〜62)の戦勝を祈願したとか、 戦勝記念のケヤキを植えたとか、 頼朝が政子の安産を祈願したとか、 また、家康もいくらか寄進しているし、境内には東照宮もある。
一説には富士山から皇居に向かう龍脈に乗っているとも言うが、654年に皇居はなかろうから、この説は怪しい。 何らかのエネルギーラインに乗ってるかもしれないが、それにしても何故に北向き?と思いつつ、何をするでもなく頭に留め置いていた。
で、この間、とある地図を見て「ん?」とひっかかりを感じた。 江ノ島から真北に線を伸ばすと大国魂神社が乗ってね?
GoogleMapで調べる。(WEBって便利だね〜) 調べたら江ノ島には江島神社のお宮が3つあった。 それぞれの経度は奥津宮、辺津宮、中津宮の順に(139.4756/139.4786/139.4802) ちなみに展望台。おそらくは島で一番見晴らしが良いであろう所が139.4785.
大国魂神社の本殿が139.4790。 これは真北という解釈で良いのではなかろうか?
で、江島神社。 由緒を調べたら、これまた面白い。 かなり端折って言うと、 『昔々5つの頭を持つ龍がいて、暴れまわって近所大迷惑。 見かねた女神様が諭しに来たところ、なんと龍は一目ぼれ。女神様のご機嫌を取るために良い龍になりました。』 今ではその龍は対岸の神社に祭られていて、60年に一度江ノ島に戻るそうな。 3つのお宮の神様は、アマテラスとスサノオが「自分は正しい!」ことの証明競争をやった時に生まれた三姉妹だそうだ。 (先の逸話の女神と龍との子供という話もあり、女神が弁天ともいうし、ということは、アマテラス=弁天? とか、微妙に混乱しているがここらは神話によくある、複数の話をまとめたことによる細かい齟齬ということなんだろう。)
この逸話はどこかで聞いたことのある話と被る。 まず、5つの頭の龍が悪さをしたので懲らしめましたって、それはヤマタノオロチと頭の数しか違わない。 かなり端折った話をさらに短くすると、「龍という勢力が負けて島を追い出されました」ということでは? そもそもが竜神信仰があったというし、今でもその江ノ島島内に一応竜神を祀ったお社があるというが、五頭龍自体は対岸に祀り、3つのお宮の主神を全てアマテラス系の女神で占有しているというのも興味深い。
この負けの構図は大国主の国譲りと同じだ。 さらに、大国主はスサノオの子孫という話を、これもまぁ五代目なんで縁も薄いし、そもそもこの血縁説を 国譲り正当化のためのでっちあげとの説に乗ると、"天孫族(アマテラス・スサノオ・ニニギ)VS出雲族(大国主。龍を信仰する一族)"との構図が出来て、 とみると、 ・ヤマタノオロチ退治(スサノオVS龍) ・江島神社の五頭龍退治(アマテラスVS龍) ・大国主の国譲り(天孫族VS出雲族) 全部同じ話に見える。
江ノ島神社も鎌倉幕府の近くなので当然と言えばそれまでだが、源氏との縁は深い。 さらに、調べて知ったのだが、幕府が出来る前から、あることに縁が深い。 それが「奥州征伐」。おこもりしての戦勝祈願などを行っている。 というか、頼朝も家康も征夷大将軍であり、役職名が東北制圧軍の大将なんだから、当たり前と言えば当たり前だ。
奥州征伐って言えば、鎌倉時代くらいは、乱ではなく役と読んでいたことからして、 どうやら畿内からもしくは関東からしても、自分達とは別民族・別勢力と思っていた節が見受けられる。
で、推測なのだけれど、 よく敵の呪術パワーを殺ぐには敵の聖地で自分達の祭りをやったりするとか言うじゃん? (言わないか・・・。でも心理的効果はありそう。自分にも相手にも) 大国魂神社での前九年の役戦勝祈願も奥州征伐の前の江ノ島神社でのご祈祷も、 そういうものだったのではないかしら?
っつーことはだ。 まとめると、 ・大国魂神社も江島神社も土着勢力の聖地。(おそらく5世紀以前から) ・ということは土地としてパワースポットであった。 ・その後、新興勢力に乗っ取られた。で東北に逃げた。 ・乗っ取った勢力は、むげにぶっ壊すと祟られそうだし、パワーを利用した方が得策と考え、東夷征伐祈願場所となった。。。
という感じだろうか。
うーむ。 血統東北、遺伝子縄文系(多分ね。耳垢も湿ってるし)としては、何か切ないな〜。
と沈んでもせんなきことなので、 139.4790あたりがエネルギーラインとしてさらに北に辿ると、これまた中々に面 白いものが見えてきた。 前玉神社と書いて、"さきたまじんじゃ"と読む。139.4786。 さきたま古墳群にも隣接しており、創立は定かでないが、一説には5世紀を遡るとも言う。 このさきたまが埼玉の語源となったらしい。
神様はもちろん出雲系。 あーはまり過ぎてて素敵。 しかも、この前玉。927年の延喜式によると、幸魂神社というではないか。
これって幸魂・奇魂の幸魂? えっと、確か、いつも助けてくれた少名彦が帰ってしまって寂しいよと大国主が海岸でたそがれていたら、 ぼーっとした明るい球が現れて、「いつもそばにいるよ」とか言ったあの幸魂・奇魂の幸魂w? ドンデモ説(こういうの好き)では、これはまさにUFOである!と言われているあの幸魂・奇魂の幸魂w? (ここら辺、大きな勘違いあるかもしれない)
いやぁ、はまってるなぁ。 出雲系一族の祈祷ラインだったのかも。 山頂とは微妙にずれるが(139.4841)一応男体山に繋がらぬでもないし。
こう考えると、大国主が北を向いているのもまぁわからんでもない。 南から順に見ると、神様の龍を背後に、真ん中に大国主、目線の先には「いつも傍に居るよ」の幸魂。
でも、幸魂って波の上に現れた神様なのに・・・なぜ海のない埼玉にあるのだ? まぁUFOなら海でも山でも行けるけどさー。
とか、ま、暇な時はこんなことを考えている。
alain
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