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2007年05月21日(月)

文脈として『ぼくはきみのためにこそ、人を殺しに行く』では?

土スタに磐音さまの映像が出たですとー!
全くのノーマークだった。
やられたわ。(何にだ?)


今の季節って日差しは明るいのに、風が冷たくてサイクリングに気持ちが良い。
週末は飛行場に飛行機(セスナ)を見に行ってしまった。

空を滑空するのって気持ち良いのだけど、
かつ、見ていても爽快なんだけれども。

飛行機の性能向上の履歴はまんま戦争と重なる。
例えば大空に夢を託して模型とかポスターとかを部屋に飾るという行為に
どことなく素直に載れないのは、飛行機の持つ死神の陰りの所為。

もっと楽しいだけのものなら良いのに。
でも、きっと乗り込んで目標物、それが動くものならなお、それを撃ちぬくことに
喜んで夢中になるであろう自分も、たやすく想像できるところが。
何ていうか、いやになるね。


飛行機で思い出したけど。
土曜日のスマステに映画の宣伝のためと思うが、石原慎太郎が出ていた。
コンプレックスの逆ギレのような彼の父性信仰というか固執が好きでなく、
番組も見るつもりなかったのだが、うっかり組!好きと知ってしまったが故に、見てしまった。

見もしないで頭から否定するタイプかと思っていた(という決め付けはいかんね)だけに、
組!を毎週見ていてくれたんだーというだけで、もう心の距離一気に短縮。

案外良いところもあるんじゃん?みたいな。
あー単純だ。



という話はともかく。
やっぱり、彼の映画の題名は納得いかない。
本編(は見ていない)の内容とか映画としての出来とかについては、
さておき、題名が、毎度のことだけれども違和感がぬぐえない。

この映画だけに言えることではなく、戦争の事を語るのに
「君のためにこそ死にに行く」
「お国のために立派に死んでくる」

って、どーして、"死ぬ"ことを前面に出すロマンチシズムにうんざりしてしまうのだ。
そして思う。
この国は戦争に強い民族じゃねーなって。


だって、目的のベクトルが変だもの。
生き死にについて語るならば、正しくは「君のためにこそ、敵を殺しに行く。」でしょう?

戦争の最終目的は敵対勢力を一人でも多く殺すこと。
自分が死ぬのはリスクではあるけれども、目的じゃない。
可能性は低いことに越したことはない、副次的な結果に過ぎない。

100歩譲って、敵を殺すことが自分の命と引き換えにであったとしても、
目的は"殺人"であり、手段が"自殺"という関係にしかならない。

どう展開しても、自分の死は行為の目的にはなりえない。
自分が死ぬことで戦争に勝てるのならば、わざわざ戦場に行かなくても、そこらで首つってれば良い訳で。

戦争は何か利益を求めて行うもの。
その達成手段が交渉でも、バーターでもなく、
敵の勢力に利益を放棄しても良いと判断するだけのダメージを与えるという方法が多少他の手段とは異質なだけで、最大利益の追求という行為は別に一般の経済行為と変わりはない。

だから、ダメージを与えるにもコスト意識は要るだろうと。
特攻やるなら、一人の命で一人殺して、マイナス1ずつ行って、それでびくともしない人口があるとかね。

中国が今一人一殺で日本を殲滅するというのは、それなりに理にかなっている。
1億死んだら日本は絶滅の危機だが、中国は人工統計の誤差の範囲内だ。

ま、それはともかく。
やっぱりさー。日本は戦争しないほうが良いよ。
政治行為・経済行為を利害じゃなく、ヒロイズムとロマンチシズム、つまりは文学的に
(あ、石原慎太郎って作家だった)と把握しちゃう民族じゃぁ、勝てないよ。


戦争が善か悪かについて言いたいわけじゃなく。
戦争するなら勝たなきゃ。
勝てないんなら、止めといたほうがいい。
っつーか、負けた時の対応策まで準備してやるのが戦争だろうーって率直に思うが。

運動会だって、万が一雨だったらのプラン考えるのに。
どーして戦争だとしないんだろう?



alain

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