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2006年12月22日(金)
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本日、モーツァルトが永眠。(@『毎日モーツァルト』)
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そーいや。今週のMUSIG! 5分くらいのコーナーの間に、30回位「かわいー!!」と言ってしまった。 (← ばかとしか言いようがない) 何なんだ。あの30男は! 何なんだ。あのオレンジつなぎの可愛さは!!
というぐだぐだはきりがないので放置するとして。
本日、モーツァルトが永眠。(@『毎日モーツァルト』) なんというか、悲しいというより、軽くなった感じ。 立ち上る煙のように、妙に視界が明るい気分。
この間弾いていて(というほど弾けないのだが)モーツァルトの曲について思ったことがある。 それは、「彼の曲は気持ちをこめて弾いたらいかん。」
あ、という言い方もなんだな。 いけないとかじゃなくて、私なら、気持ちは込めないし、込めない演奏の方が好き。 神経は使う。でも感情は切る。
自分の持っているトラウマとか日常生活のあれやこれやとか、 丹田から湧き上がる意欲とか、体内を奔馬のように駆け回る情動とか、 そういうものを指に伝えないように、弾く。っつーか弾きたい。
その分神経ははる。指先から神経の束を出すくらい。 細やかに丁寧に、シャボン玉を扱うように柔らかく、音を空気の上に置いていく。
モーツァルトを演奏するって、彼が五線譜にPACKした遠くはるか遠くの星が発した宇宙の律動を、 リリースすることだと思っている。
それは音譜通りに弾けということではない。 だって、五線譜に落とした時点で、取りこぼしたものはたくさんあるから。
PACKされた素材を解凍しつつ、出来る限りもとの形を取り戻す。 それは多分最も天然であるがままの並び。 普通であり美しいもの。
棚の上に置物を並べるように。 美しい配置で。 バランスをとって。
奇をてらうとか、"牧神の午後"とか名づけて世界をつくるのでもなく、 ただWell ballanceであるように。 丁寧に並べる。
私にとってモーツァルトを弾くってそういうことだ。
ショパンは音に入ること。気持ちもろとも飛び込むこと。 シューベルトは架空の世界を音で作ってそこでまったりすること。
ベートーベンはねぇ・・・。 まだ、火の要素。占星術でいうところの4元素の火の要素を聞く扉は開いていないので、 聞くのも弾くのも苦手。
気持ちでもなく、構造でもなく。 どうも、彼の曲を聴いていると、歯車に何かが絡まって上手く回らない映像が浮かぶ。
その何かは、多分、意図だと思うのだ。 新しいものを作り出したいという意欲であったり、品のある価値のある音楽を作ろうという目的意識であったり、 それがどうも、スムーズな回転を妨げている気がする。
多分それはそれで、回転が遅くなった分、他にメリットはあるのだろうけれど、 音楽において、火の要素を受け入れるアンテナがまだ開発されていない。
来年『毎日ベートーベン』とかやってくれれば、開発されるものだろうか? 自分の10惑星の分布では火の要素は別に少なくもないので、使おうと思えばいけると思うんだよな。 せっかく持っているんだから、ちょっと開いてみたいし。 意識してみましょ。
来年と言えば『華麗なる一族』! 公式ホームページも充実してきたし。もうわくわく。
大介と大亀専務と芥川とのシーンがあるようだけど。 原作には無かったような。 本では大介の計画を知るのは結構後だけど、TVでは計画そのものに加担する感じなのかしら?
こばさんBLOGでかなり前に読んだのでは、芥川と一子と銀平のシーンもあったとか。 これも原作にはないよなー。 思ったより出番多いのかしら?
それにしても全11回かと思ったら、10回! 上中下巻を10回にしますかー。 飛ばすなー。
まぁ、いずれにしても楽しみっすよ。 TV雑誌ほとんど全部チェックしちゃった。(立ち読みだけど)
alain
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