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最近だるだるな人が多いけど、それは日本を覆う雰囲気というか空気が澱んでいるためで、 無理して引き上げることないし、自分を責めるなという話が某占い師Blogにあって、 そうだと言われるとその気にもなるし、そうでない気持ちにもなる。
いい言葉を口に出して、人に優しく、おうちを綺麗に掃除し、なりたい自分をビジュアル化すれば、 願いはかなう・・・な本のコーナーが大きくなっている。
前まで関心が無かったので気づかなかっただけなのか、という気もするが、でも、増えてるよね? この前、ビジネス本平積みのコーナーに行ったら、ほとんどが"思えば願いは叶う"本で、 それは心のありかたであって、ビジネスノウハウではないだろう・・・と半ば呆れてしまったよ。
水周りに塩を盛ってる自分が言うのもなんだけど、ずれてる感じ。 清く正しく美しく以外にやることないのか?方法論とか分析スキルとか単なる会計知識とか。 ビジネスの形が壊れてきて、有効な形がないが故の逃げな気がしてしまう。
でも、それが逃げだとすると、塩を盛ることも逃げだ。
邪気が入らない溜まらない・・・という発想は、 何か悪いことがあったら、それを邪気の所為にすることなのだから。
結局自分でコントロール出来ない何者かがそこにあって、そのことを潔しとしない。 非常に中途半端な理性がここにある。
人の世は不条理で、全く理性の及ぶものではない。 なるようになれ、とか、所詮人は糞袋って心の底から思っていれば、邪気や運気に対して何かをする必要はない。
邪気?霊気?なんてあるわけない。 と思っているのであれば、祓う必要はない。
宙ぶらりん。
江原啓之の様に、霊気の存在が見えている(という自己申告を信じるとして)のならば、 かつ、払われる様子も見えるのであれば、払うと言う行為は、きわめて物理的行動として完結する。
つまり、見えればいいのだ。 目に見えないものの存在を信じた以上、進化の方向はそれしかないな。
alain
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