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2005年01月15日(土)

三谷さんが蟹座を広げたいなーって思った時、香取慎吾をトリガーにする

『その時歴史が動いた。』
録画予約しておくってどーよ。『土方歳三 函館に死す。』で、また、泣く。

掲示板でスマスマの局長コント「知ってたんですか?」の問いに、「知っていたというより、はっていた。」と答えた人。
あなたは私です。
はりまくる私。で、その度にうるうるする。

という人とは別な人もこの体には居て、その人が語りたいと言っています。
蟹座の閉鎖的グルーヴ感について追記。

甲子太郎が山南のことを詠んだ時の局長のセリフ。
「あなたに何がわかるというのだ-!」も、それを言っちゃあ・・・なんだよね。
自分たちで規則作って、それに則って業務を運営しただけのことで。
大人なんだからいちいち泣くな!と。

しかも、新参者扱いするっていうとことがまた、ださださ。
役職作ってその役割果たしている中で、誰が古くからいたかそーでないかの価値観を持ち込まれても、風通し悪いだけです。
それなら入隊年次で序列つけてりゃいーじゃんよ。その方がクリアーだ。と思うわけさ。
裏にランクがあるってローカルすぎ。だせぇ。


あと、脚本じゃなくて、FANについて。
思わずうなずいてしまうんだけど冷静に考えるとどーよって思うこと。
掲示板に「新選組!を悪く言っていいのは一年間苦楽を共にした我々だけだー」って。

わかる!その気持ち!
でも、共にしてないから!見てただけだから!ただの視聴者だから!

見つづけて一旦仲間に取り込まれちゃうと、ホント出られないんだよねー。
三谷さんのドラマって。

で、その蟹座性にちょっと補足。
香取慎吾を指名した理由。
HRとか今までの枠に囚われない大河とか、そんな新しい何かをやろうとする時に、香取慎吾をパートナーに選ぶわけについて。
(の一因だからね。そこまで自分の解読スキルに自信ないし、そこまで人間と占星術をなめてない。)

水瓶座に反応しているんだろうかとかね。
(12人に一人は水瓶座なのですがー。だから、それだけをと言ってるわけじゃなくて、1要素をあげてるだけだからね。)
身近な集団を保護し育て・・・で、三谷さんは自分で気づいてるんだと思う。
そういう資質があるのはいい。でも"身近な集団"として捕える範疇を大きくしていかないと、発展性がないのではないか。と

家族を内輪と捕える人もいれば、自分の所属課だったり、わが社だったり、多摩の人だったり、東京WALKERだったり、日本人だったりするわけで。

どこを自分の属する集団とすることも出来るのだ。
蟹座は別に家族とか小劇場だけを扱ってるわけじゃない。

そして、三谷さんが蟹座を広げたいなーって思ったとき、香取慎吾をトリガーにするのでは?と思うわけ。
三谷さんの太陽と局長の太陽はオーブ4度でインコンジャンクト(150度)。ちとゆるい。
が、海王星とオーブ0でインコンジャンクト。
つまりYOD。細長い二等辺三角形と考えてもらえればよい。頂点に三谷さんの太陽がのる。

YODというのは端的に言うと訓練。
頂点の働きが、底辺の2点の枠に制限され、頂点の星はそのために働く。
限られた場で、頂点の星は底辺の2点の分野では、他の追随を許さないほど深く発展する。と。

で底辺の2点は、香取慎吾の映像とかFANTACYの海王星と自分である太陽。
三谷さんが映像表現で自分の新しい可能性を鍛えたいと思う時、香取慎吾という場を選ぶ。
この解釈、そうはずしてないって思うんだけど。どーよ。


後、「愛情」「共感」「保護」「思いやり」に悪くするととらわれてしまう三谷さんにとって、局長のドライさはけっこう目を開かれる思いがするのでは、と。

一番面白い対比だなーって思ったのが、最終回の板橋での処刑場でのシーンと、京都の三条河原に慎吾ちゃんが行ったときのコメント。

最終回。板橋の処刑場に勇が入っていく時。
「良くやったー」の掛け声がそこかしこで上がるじゃない。
もちろん、見てて「くぅー(涙)・・・」とかするんだけど、同時に「けっ。ありえねぇ・・・」って思う。

つねさん、ふでさん、勝五郎さんはいいよ。
でも、それ以外の人がなぜに声援を送る?身の危険があるかもしれんのに。
永倉、原田のシーンでは通行人とか宇八郎とかが、「あれだけ人を切ったんだから、斬首当たり前でしょう!」って言ってんじゃん。
お琴さんの話じゃ、多摩にも悪い評判は届いていたらしいじゃん。
「ひとごろしー!!」 そういう声がばんばん飛んでもおかしくない。

関心なくてただ通り過ぎる人もいるだろうし。
ただ血が見たくて、ぱーっとしたイベントを求めて、「どーでもいいから早くしろよぉー。」「血が出るとこ見たいねー。」って人もいるはず。

そういう誰も彼もがいてこその群集だと思うんだけど、三谷さんが描く人だかりって、
みんな身内なんだよなーって。
そこらへんの暖かさに泣けるんだけど。
これから死んでしまう人に罵声を浴びせることは彼には出来ないんだろうな。
でも、その暖かさにうるうるしつつ、私の中の水瓶座はありえねぇってしらける。

で、水瓶座の慎吾ちゃんの三条河原。
スマステの中のコーナーで勇の首が晒された三条河原に立って、「すっげーリアル!」って言ったのだ。
(スマステのHPの三谷さんとの対談でも参照してみて)

『「慎吾ちゃんだぁー」って手を振る人もいれば、無関心な人もいて。
色んな人が見ていく感じが、当時近藤勇の首を見ているのと同じって思った。』

「香取慎吾を見ちゃった!きゃー!」と目を輝かせている人をバックに、言われている本人は、すっかりさらし首気分。
シュールだ。。。

彼の中での群集イメージは多様で雑多な人がいっぱいいるって図だ。
慎吾ちゃんが処刑場書いたら、きっと、応援する人、けなす人、話題のものを見にきた人、一応記念に見にきた人、
ひまだからの人がわらわらいるってシーンになったんではあるまいか?

そして、あぁなんか上手く言えないが。
こういう点に、三谷幸喜は刺激を受けるのかなとかね。思うんだ。
ふう。お風呂にはいろ。


alain

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