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2004年10月24日(日)
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自然災害のニュースとかって、どっかはしゃいでる気がする。
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事故、特に自然災害のニュースとかって、どっかはしゃいでる気がする。 平穏な日常を崩さないレベルの刺激は楽しいものだからね。
特に自然災害のニュースだと、「人間、でかい面してても、やっぱり自然にはかなわないんだよ。」と、自己の無能力を人間全般に拡大することで溜飲を下げてみたりする。
または、東京だったらどうだったでしょう。と、我が身に置き換えて、備えに走る。 もしくは、自分に置き換えるという行為を意図して行って初めて、その場にいる人に同情する。
それとも、こんなのは? 知人もしくは知人の知人、私みたいにホームページを持っている人なら、それを見ている人に思いをはせ、つまりは自分を拡大して、優しくする。 自分を思いやるってことで、所詮、自己愛でしかないんでしょうけど。
もっと、素直に。 そこにいて辛い人に、何も理屈も回り道もせずに、そのまんまで共感を寄せることは出来ないんだろうか、と。 泣いている赤ん坊をみて、理由もわからず、ただ単にあやすように。 すっと心を寄せられないんだろうか。
思う気持ちは腹立たしさとか情けなさではなく、あえて言うならば哀しさに近いかもしれない。 滑稽さの方がはまってるかも知れない。笑うしかないっつーことで。
でも、ニュースキャスターは次のニュースと言って、日本シリーズのことを伝えなければならないし。 私としてもおにぎり作って新潟に駆けつけるわけにもいかん。明日は仕事だ。
募金?新潟の被災者よりもイラクとかアフガニスタンの方が貧しそうだし、寒そうだ。 が、どっちがより可愛そうかと比べること自体が失礼な気もする。スーパーの商品じゃないんだから、値札と重さをじろじろ見比べるもんじゃない。
ふーん。と言いつつニュースで被害の大きさを見て、自分でなくて良かったと思い、でも、そのうち自分が渦中にいて、『自分でなくて良かった。』と他の誰かに思われ、救援物資の箱には、洗濯もしていない薄汚れたトレーナーが入っているのを見てむかつく、みたいなことにいつかなる、と思う。
そんなとこなんでしょうか。
alain
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