病気療養していられた女房方の叔母様が亡くなられ、急遽 お悔やみに岩手釜石へ行って来ました。もとより、余命宣告 を受けて永らえていた状態でしたから覚悟はできていました が、訃報にはやはり動揺しました。不幸中の幸いに葬儀日程 と仕事が重ならず参列でき、きちんとお別れができました。
土曜日払暁に横浜を発ち、都心を抜 け東北道をひた走ること8時間、遠野 市内で昼をとり、釜石には午後の3時 過ぎに着きました。遠野から釜石に 抜ける峠道は終盤ながら美しく紅葉 し、全山燃え上がっておりました。 その晩はご親類の皆様と夜伽をし、翌日は午前中のみ葬儀 に加わりました。地方の慣わしか告別法要に先立って荼毘に するという順序で、火葬場まではお供し、家人を残して午後 の葬儀は失礼し、横浜へとってかえしました。何しろ8〜10時 間はかかります、まして行楽シーズンの日曜日渋滞は必至。 食料を買い込み、覚悟を決めて東北道を南下しました。
いやはや熾烈な渋滞でした。那須から始まった渋滞は断続的 に館林まで続き、ゆるゆると流れるものの、日中でも退屈な 東北道のそれもとっぷりと暮れた闇に真っ赤なテールランプが 数珠と繋がるさまは異様な景色でした。退屈の上にも退屈な ので、歌を歌って紛らわしましたが、正に苦行でした。 しかしながらそんな厳しい行き帰りも、週末の割引のおかげ で、片道なんと1,700円!通常は片道10,050円です。これでは 文句も言えますまい。首都高やらナンやら含め、往復5,000円 ほどで済みました。ありがたいことです。
釜石のおばちゃんはとても穏やかな方で、いつも家族のように 歓待してくださり、大倉山の作品展の時にははるばるお手伝い に来て下さいました。お別れは辛いことでしたが、葬儀に参列 できたことできちんと心の区切りがつきました。失礼とは思い ながら帰りにちゃっかり釜石の街で憧れの釜石ラーメンも食べ ましたし、道の駅で野菜もどっさり買っちゃいました。故人を 侮るつもりはありませんが行儀の良いことだとは思いません。 でも、おばちゃんならきっと笑って許してくれることでしょう。
『おばちゃんごめんね。 人生、おつかれさまでした。』
|