陶 房 日 報  とうぼうにっぽう 
陶房かまなりや

2008年01月11日(金)      おかがみ

今年も 『鏡開き』 となりました。

 今日は陶芸教室の打ち合わせを兼ねて
 磯子の保育園へお餅つきの助太刀に行っ
 てきました。鏡開きの日にお餅つきという
 のも乙なもの、まして保育園ですから元気
 なお子達がわいわい、餅つきの歌も大合
 唱です。いや、実に楽しいお餅つきでした。
お子達はちっこいながら仲間の声援を浴びながら先生の力を
借りてお餅を搗いて、みんな満足そうでした。お米をとぐ
ところからきちんと体験をし、おもちに変わっていくところ
も体験し、とてもいい経験になったことでしょう。

うがった大人の目で見て 『食育』 を本気で考えるならば
 『食事』 と 『殺生』 を同意義に伝えなければなりません。
稲という植物が子孫を残すための種である米を高熱で蒸し、
叩き潰して喰らう行為は残酷にほかなりませんが、その殺生
は人が生きる上では肯定されます。動物の卵を食べることも
またしかり。卵ご飯などはお子様も大好きでしょうが、考え
てみればいかにもむごい食べ物です。

曰く、生きることは殺すこと。でも、小さなお子達にそれを
つきつけるのはあまりに酷というもの。断末魔の叫びもない
血も出ない植物の、その美味しさを味わうことで良いのです。
その行程も知らず、加工済みの食品だけを摂っていては畢竟
命の大切さは身に沁みないことでしょう。大きくなって、人の
生きる意味に直面したら、きっと今日のお餅つきの経験が
ヒントになることでしょう。

世の中には、即席を通り越して宇宙食のようなサプリメントが
蔓延し、ファストフードは日常食になっています。こんな物で
すら原材料の一部分は 『命』 です。どれだけ複雑な世の中
になったとしてもこの部分だけはきちんと踏まえたいものです。




 < 過 去  目 次  未 来 >


陶 房 日 報