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柳くんは頭の先からつまさきまで清潔!って感じなのに しらーっとえぐいことが出来てそれを意に介さないところがとても受けだと思います。
ああああそれにしても声がいい…同じクラスになって国語の時間に教科書朗読するの聞きたい…
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ミュージカルとキャラソンで乾と柳の関係の捉え方が違うみたいな話を先日したのですが、 それについてもうちょっと突っ込んでってもいいですか?もちろん答えは聞いてない!
以前にさよなら眼鏡ズは「思春期のときよりもいまになってグっとくる歌詞」と言いましたが、 あれはほらおっさんが書いてるから…ってことに気付いたんです、わたし。 そんで「手の中に世界を包む〜」も、あれの作詞、乾の中のおっさんって知ったんです。 おっさんおっさん言ってごめんね!でも、そこ重要。あと「キャラクターソング」であるってことも重要。
テニプリキャラソンに「中学生である」ことは絶対ではなく、逆に中学生に「中学生にこれ?」ってことを歌わせる そのギャップでおもしろさを出しつつ、そこに商品価値を見つけた、ってのがあると思います。 それに加えて、おっさんらは「中学生だったら」と想像しつつきっと歌詞を書いてるんだと思うんですけど、 それはけっきょく「もしこういう出来事が中学時代に起こったら」「それをこういう風にしたい」という 懐古主義的つーか理想主義つーかロマン主義的なほうに寄って行っちゃって、そしてそれはぜんぜん悪いことじゃない、と。 ようするにおっさんにとっては中学時代は過去であって、過去は美化されるし、なにかとても美しいものになってしまう、 ということは「今現在中学生である受け手」に対しては「理想の中学生像」として受け入れられ、 「今現在中学生でないその他大勢の受け手」に対しては「理想的に美しい過去」として受け入れられる、と。
うーん?うまく言えなくてごめん。でもさらに続けると、 こういうことが可能なのは「物語」から抜け出した「キャラ」の歌う歌であるからで、 反対になぜミュージカルの「4年と2ヶ月と15日」はあんなにも中学生目線で「すぱーっとしたスポーツマン的な歌詞」 になっているかというと、それは「物語(ミュージカル)」の中で まさに「物語に組み込まれた状態のキャラ(中学生)」として歌うからなのだ、と思うのです。 中学生の物語の中では中学生でいなければならない。じゃないと物語が崩壊する。(だからベスアクはこれに限らない) ミュージカルは連続してなきゃいけないけど、キャラソンは刹那であってもかまわない。
だからけっきょく、「4年と2ヶ月と15日」と「手の中に世界を包む〜」はとらえ方の違いと言ったけど、 そもそも性質からして違っていて、だからこそ、どっちもありなんだと思います。
ごめんやっぱうまく言えない。頭悪くってごめん。でもわかってもらえたらうれしい。
いやー、それにしても柳のこのキャラソン、ひどいよNE!どんな恋愛してんだろうNE! http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/te/tenipri/answer.html
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