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2006年12月27日(水)   選択

さまざまな可能性が音も立てずにこぼれ落ちて行き、好きなものはほんの少しに、嫌いなものばかりがたくさんになった今年の暮れ、お金の使い方も分からなくなって街をさまよう。最後の選択であるはずがないのに、なぜか次はもう、ないような、そんな気がして、ものすごく決められない。

少し前まで、買い物に行って迷うことなんて一切なかった。なのに予算すら決められない。だが実際問題として、CDプレーヤーを接続するアンプやスピーカーはこれまでのものなのだし、あんまり立派なものを買っても意味がないんじゃないの?と問うと売り場のおじさんは苦笑した。一定のラインを超えたらあとは自己満足の世界である。ケン(註:ケンウッド製DP-SG7)にも何も不満があったわけではない。よく鳴ってくれたと思う。たくさんの新しい音楽を教えてくれたし、元気付けてくれたり慰めてくれたり泣かせてくれたりした。要はちょっとした相性の問題なのだ。だから何度もうち来る?うちの子になる?と聞いてみたけれど取り澄ましたマランツくんはうんと言わないのだった。

間に合わせ、というのでもなく、かといって終着点、というのでもなく、音を鳴らす以外には何の仕事もしません、とでも言いたげな、無愛想だけどどっしりとしたデノンくんに決めたのは結局、店内に営業終了のアナウンスが流れ始めたから、だったのかもしれない。

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「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ」

という皇后陛下の詠まれた歌が、今日の読売新聞の朝刊に載っていた。選ばなかったものたちはまったく、どこへ行くのだろう。選んだものたちはいつもどこか頼りなく、選ばなかったものたちはいつも自信に満ちている。選ばれなかったことを誇るかのように、堂々とした面持ちで、私を見つめ返してこないでほしい。苦しいから。

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選んだのなら、愛すること。それが、選ばなかったものへの、礼儀。


nadja. |mailblog