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2006年11月19日(日)   あっちこっちそっち

あっちに書くとこっちに書くことがなくなってこっちに書くとあっちに書くことがなくなる、というのはたとえば私のようにあっちもこっちもそっちも書いている阿呆な(限りない親しみを込めて)人々の間では昨今おなじみの悩みなのではないかと思う。どこにどんな必然性があってそんな、あっちもこっちもそっちも、と自分でも思うのだが、あっちもこっちもそっちも読んで下さっている方のためにも重複することは書きたくない。コピペなんて論外である。

微妙にテンションが違ったり(おまえの場合は微妙どころか別人だと言われそうだが)微妙に語尾が違ったり(ですます調と独白調程度の違いだけど)、こっちには書けるけどあっちにはちょっとね、そっちにはまさかね、という事情があったりで、3つか4つか5つくらいの自分を使い分けているのだが、正直なところそんなふうに分裂を続ける自分が耐え難く、また切り替えが面倒くさく、またなにかこう、なんとなく、「裏切り」をしているような、申し訳ないような気すらしてきて、非常に心苦しい。

それでなくてもここひとつとってみたってまーったく統一感に欠けている。昨日はもう眠れない眠れない眠れないで苛々していて苦し紛れにうわごとをひねり出しただけだし、一昨日は回想アンド自己批判、一昨昨日は日常雑記、その前はなんだか怒り狂ってるし、なにかこう、ぴしっと、筋の通った「私」、私の文体、みたいなものが、ほしいなぁ、と思う。

そしてもう、あっちこっちそっちの使い分けなんかやめてしまいたいのだが、誰に読まれても恥ずかしくない文章を書けている自信などはまだまだないし、何よりもやっぱり人となりを知っている人に読まれる、というのはこっ恥ずかしさが伴うし、あっちこっちそっちの中で一番最後に更新をかけるところではいつも、嗚呼書くことがない、と頭を抱える羽目になる。

いつまでも、「恥ずかしぃ」なんていってられないんだけど。


nadja. |mailblog