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幼い頃から母の店の客に囲まれて育ったので大人の顔色をうかがうのが得意だった。こういってやれば喜ぶのだろう、こういってやれば「良い子」なのだろう、と小さな頭で計算をして、利口だ、利口だ、と言われ続けた。だがそれは「大ママは絶世の美女、ママは美女、せやけど三代目はたいしたことないなぁ」という男たちの酒臭い会話に対する精一杯の反抗であった。 私は美しくないかもしれないが母たちのようにはならないのだ、と小さな身体の奥に大きな反抗心を隠しながら夜、誰もいない家で計算ドリルや漢字ドリルを解いていた。 そうして大阪一の進学校に中学から入って利口であることの証明を手に入れてからは利口であることに反抗した。真っ黒な髪をふたつに分けて三つ編みにし、懸命にノートをとって中間テストや期末テストの成績を競い合うクラスメイトからは自然と脱落し、髪を染め、スカートの丈をつめ、かばんをぺったんこにつぶして、授業中はウォークマンで音楽を聴き、堂々と0点を取り続けた。 けれど道を踏み外すことはしなかった、なぜなら、私がそうしたところで「所詮水商売の娘」といわれるのが関の山だったからだ。私は事実酒を飲んでディスコに通って何度も停学処分を受けたが、母はそのたびにどこか嬉しそうですらあった。教師たちに、「うちの子は勉強なんかできんでええんです」と言い放ち、私の染めた髪を弁護するために自分も髪を染め、「遺伝なんですわ」と「赤毛証明書」を出させた母。今度はその母に反抗するため、私は一心不乱に勉強をはじめた。 「所詮水商売の娘」というレッテルには、国立大の大学院の入学証書を突きつけることで完全に勝ったと思った。どうです。たしかに私は祖母や母のように美しくはありません。けれど私は貴方がたの知らない言葉で話し、貴方がたの知らない世界へ踏み出すのです、と。 だが脆い。 そんな反抗はあまりにも脆くて、無力で、情けない。 夜通し本を読む私を母は1円セールのスーパーのちらしであざ笑う。玄関先でくずおれるほど酔って帰ってあざ笑う。父は不在であることであざ笑う。そして私自身が、いまだこうしているしかない自分自身をあざ笑う。 私は母を、殺すべきなのであろう。貴女のようにだけはならないと、誓って生きてきたのなら、今すぐに包丁を摑み、この曖昧でねっとりとした絆を、断ち切ってしまうべきなのだろう。何が反抗だ。所詮、母の胎内で暴れているだけの胎児じゃないか。 |