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2006年10月20日(金)   「いつでもできない」

それはひどく愚かな思いつきで、敢行したからといってどう、というようなものでは決してなく、素晴らしいものが待ち受けているわけでも、美味しいものが待ち受けているわけでも、決してない。

新幹線はまだ走っている時間で、飛び乗れば2時間後には自宅のベッドだ。

駅ビルで珈琲を飲みながら、考えた。

私は明日事故に遭うかもしれない、
明後日祖母が入院するかもしれない、
一週間後には北朝鮮が核弾頭を発射するかもしれず、
一ヵ月後には父の会社が倒産し、一家離散せねばならないかもしれず、
三ヵ月後には私は妊娠しているかもしれない、この先何が起こるかなんて、誰にも分からない。

「今」を逃してしまったら、次はもう、ないかもしれない。

当たり前に用意されている明日など存在しないのだ。

それがたとえどんなにくだらない思いつきであったとしても、今の私はそれを敢行することができる。明日の夜になって、「ああ、やっぱりくだらなかった」でも、かまわないじゃないか、やらない後悔よりやった後悔だ、

という結論に達するまで、1時間くらいかかったが、多分間違っていない。「いつでもできる」と考えるのは平和ボケしたかぼちゃアタマのすることだ。


nadja. |mailblog