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新幹線はまだ走っている時間で、飛び乗れば2時間後には自宅のベッドだ。 駅ビルで珈琲を飲みながら、考えた。 私は明日事故に遭うかもしれない、 明後日祖母が入院するかもしれない、 一週間後には北朝鮮が核弾頭を発射するかもしれず、 一ヵ月後には父の会社が倒産し、一家離散せねばならないかもしれず、 三ヵ月後には私は妊娠しているかもしれない、この先何が起こるかなんて、誰にも分からない。 「今」を逃してしまったら、次はもう、ないかもしれない。 当たり前に用意されている明日など存在しないのだ。 それがたとえどんなにくだらない思いつきであったとしても、今の私はそれを敢行することができる。明日の夜になって、「ああ、やっぱりくだらなかった」でも、かまわないじゃないか、やらない後悔よりやった後悔だ、 という結論に達するまで、1時間くらいかかったが、多分間違っていない。「いつでもできる」と考えるのは平和ボケしたかぼちゃアタマのすることだ。 |