indexpastwill
2006年02月24日(金)   無垢な子供は無実か

■激しく苛立っているときの、私の声は鋭く、目つきは険しく、そしてため息は威嚇の響きを帯びる。皆がその気配を察知し、微妙に空気が変わる。だから私は口を噤んでいたかったのに。顔色を窺われるような立場に、立つべきではなかった。

■夜8時過ぎのミスタードーナツで椅子を叩き、机を叩き、嬌声をあげながら暴れ、走り回る子供たち。それは子供たちにとって、ものすごく楽しい、もしかしたら特別な出来事なのであろう、満面の笑みに膨らんだ頬はリンゴのように紅潮していた。

■店内は子供たちの叫びにも似た笑いに満たされる。母親は楽しげな我が子達(それは3人もいた)がいとおしいのか、微笑みさえ浮かべながらそのさまをじっと見守っている。

■まるで、そこにいる全員に、無邪気な子供の遊びを眺めて楽しみなさい、とでもいわんばかりに。子供の無垢なふるまいは可愛らしいでしょう、とっても元気な子供たちでしょう、この子たちが飛び回り、跳ね回るのを眺めていると晴れやかな気分になるでしょう・・・

■私は子供を好まない。騒々しい子供ならなお好まない。だからといってもちろん傍若無人にふるまう子供に罵声を投げかけたりはしないが、しあわせボケした母親に向かって険しい視線を投げかける、くらいのことはする。そして、当然、その場の空気は凍りつく。

■問題は「他のお客さんもいるんだから静かにしなさい」の一言が言えない母親にあるのか、それとも「無邪気な子供のふるまい」を可愛らしいねと微笑んで見つめることのできない自分にあるのか、30分くらい悩んだけれど、多分今日の親子連れのふるまいは常軌を逸していた。


nadja. |mailblog