月に舞う桜

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2016年12月08日(木) YOSHIKI CLASSICAL SPECIAL WORLD TOUR 第2弾 with Orchestra��

YOSHIKIクラシックコンサートの東京国際フォーラム公演最終日に行った。
2014年のコンサートは共演がバイオリンやチェロなどの弦楽器のみだったけれど、今回はオーケストラが一緒だ。YOSHIKIのピアノはもちろん、オーケストラの演奏もとても楽しみにしていた。こんなことでもないとオーケストラを聴く機会なんてあまりないので、そういう意味でもYOSHIKIには感謝している。
開演の直前に、YOSHIKIのFacebookでセットリストが公開された。次の曲はなんだろう、というワクワク感は損なわれてしまったけれど、心の準備ができたから落ち着いて聴くことができそうだ。
YOSHIKIにしては珍しく、予定時間の夜7時ぴったりに開演した。素晴らしい。明日は用事があって朝早く起きなければならず帰りの時間が気がかりだったので、ほっと一安心だ。

セットリスト↓
≪第1部≫
I'll Be Your Love
The Last Song
Forever Love
Golden Globe Theme
Hero
La Venus
Anniversary

≪第2部≫
Tears
Miracle
Bloom Like A Rose(薔薇のように咲いて 桜のように散って)
Say Anything
River Of The Light
Swan Lake
Without You
紅〜Transition〜ART OF LIFE
Endless Rain

まずはオーケストラだけで「愛・地球博」のテーマ曲I'll Be Your Loveを演奏した。
それが終わると、スクリーンにこれまでのライブ映像がBGMのMiracleとともに流れた。そして、YOSHIKIが登場。
The Last Songは、1997年にX JAPANが解散することになったときに作られ、ラストライブの最後の曲であり、2008年の復活ライブ幕開けを飾った曲でもある。終わりの曲で、始まりの曲。YOSHIKIが自らの演奏の一曲目にこの曲を選んだことは、感慨深い。当時、この曲のToshlのヴォーカルレコーディングにYOSHIKIは立ち会わなかったらしい。それが、今じゃ「いちゃいちゃ」と言ってもいいくらい仲良しな二人。
私にとって、この曲はかなしいだけの曲ではなくなった。生きていれば、時は流れ、絡まった糸がほどけて再び希望を見出せることもある。The Last Songは、その象徴だ。
曲の最後の方で、ヴォーカリストのケイティが出てきて歌った。そういえば、YOSHIKIのソロプロジェクトViolet UKはどうなったのだろうか……。

YOSHIKIは、MCで一曲一曲にコメントした。
Forever Loveは、「これはCLAMPさんのXという漫画の映画主題歌になった曲で……」という話。歌詞がついて、バンドとして(もしくはToshlとYOSHIKIの二人で)演奏すると、曲の主人公の内面にぐっと入り込んで胸が痛くなるけれど、オーケストラ用にアレンジされたForever Loveは、より外へ解き放たれていくイメージだ。そして、ウインドチャイム(というのだろうか?シャラララと鳴るやつ)が入ったおかげで、キラキラと明るく希望を感じさせる曲になっていた。
Forever LoveのあとのMCで、YOSHIKIは「最近は飛行機に乗っている時間が長くて、顔がむくんじゃって……」と言った。確かに、舞台横のスクリーンの中でアップになったYOSHIKIの顔は何だかすっきりしておらず、顔色も心なしかあまり良くないようだった。「それで漢方をもらって飲んだんだけど、なんかフラフラしちゃって……漢方だから、大丈夫だよね?」と。いやいや、大丈夫だよね?って聞かれても……。大丈夫?って聞きたいのは、こっちなんだけど。忙しすぎるんだよ。マネジメントは、YOSHIKIの体のことをもっと真剣に考えてほしいよ。

続いて演奏するゴールデングローブのテーマ曲について。
2011年にX JAPANでワールドツアーをやって、それが終わって「今年はよく働いたから、年末は休もう」と思っていたら、年末にゴールデングローブのオファーが来たそうだ。いつ締め切りか聞くと、来年1月半ばだ、と。YOSHIKIは「そのとき、アーティストはいつ何が飛んできてもいいように、言い方はよくないかもしれないけど、戦場にいるつもりでいないとだめなんだなと思った」と笑った。
こうやって、一曲一曲エピソードやYOSHIKIの想いを聞かせてもらえるのは、嬉しい。

次のHeroを紹介するとき、「今日は何かのテーマ曲が多い」と言っていた。Heroは、映画「聖闘士星矢」のテーマ曲だ。テーマ曲のオファーが多いのは、それだけYOSHIKIの実力と実績が信頼されているということだから、誇りにしてよいことだと思う。
YOSHIKIが話している間にケイティが再び出てきたけれど、YOSHIKIはそれに気づかず、ふと横を見たら彼女がスタンバイしていたので「あれ、いつの間に?」と驚く。相変わらず、ちょいちょいおとぼけである。
YOSHIKIは「ケイティはハーバードを出ている」と言ってから、「いまはボストンに住んでるの?ロスだっけ?」と、なぜか彼女がどこに住んでいるのかをやたらと気にしていた。そして指揮者にも話を振り、「彼もハーバードを出ているんだよ」と。指揮者はハーフのようで、お母さんは大阪生まれらしい。
ケイティが歌うHeroは、X JAPANバージョンとはやっぱり印象が異なる。どちらが上ということではない。どちらにもそれぞれの世界観があり、どちらもYOSHIKIワールドだ。ピアノやドラムの演奏家としてのYOSHIKIが魅力的なのは言うまでもないけれど、最近はYOSHIKIのアレンジ能力の高さに改めて気づかされることが多い。同じ曲でも、バンドが奏でるのとオーケストラが奏でるのとでは、曲が見せる表情が違う。曲の多面性は、すなわちYOSHIKIの多面性なのだろう。
X JAPANバージョンのHeroを久しく聴いていない。今度はいつ聴けるかなあ。

Heroのあと、YOSHIKIは映画「We are X」の話をした。今年の1月から世界各国の映画祭を回ってきたけれど、最初の頃はまだ映画が完成していなかったこと。9月になって、主題歌を作ってほしいと依頼され、La Venusという曲が誕生したこと。本当は、この映画を作りたくなかったこと。けれど、エージェントに「X JAPANの物語は多くの人に知ってもらうべきだ。いま苦しんでいる人たち、生きていけないくらいつらい思いをしている人たちの力になれるかもしれない」と説得され、決断したこと。
この映画は、X JAPANの「栄光の物語」ではない。つらい記憶が詰め込まれている。X JAPANに思い入れがあればあるほど、観るには相当の覚悟が必要だろう(YOSHIKI自身、「覚悟して観てね」と言っている)。
私は、いまだに97年のラストライブの映像を観る気になれない。2008年、2009年のライブ映像さえ、当時のToshlの境遇を想ったら、観ていられない。そんな私が、目をそらさずに、この映画をきちんと観ることができるのかという不安はある。半ば義務のように、観なければと思いつつ、観ることが怖くもある。
でも、YOSHIKIがこの映画にゴーサインを出してくれてよかったと思う。YOSHIKIがエージェントに説得された理由は、まさに私のことだから。
生きるエネルギーが尽きかけて絶望しそうになったとき、X JAPANに触れると、まだどうにか前に進めるような気がしてきた。まだまだ生きていけるって根拠はないけれど、根拠がないことこそが希望のようにも思えた。傷口をこじ開けて血が溢れ出しても、その先に得体のしれない、途方もないエネルギーと希望があるかもしれないってことを、私は知った。たびたび忘れてしまうけど、そのつど、ちゃんと思い出させてくれる。
同じように、この映画が誰かのエネルギーと希望になればいい。
「終わらない雨」とか「どこに行けば苦しみを愛せる」とか「もう一人で歩けない」とか、そんな言葉で愛を綴っていたYOSHIKIが、今は、日の出前の空に輝く星の名をタイトルに選んでいる。そのYOSHIKIの精神的な成長こそが、希望の象徴のように思う。

私は、このコンサートでLa Venusが聴けることを本当に楽しみにしていた。10月のVisual Japan Summitではほんの一部しか披露されなかったから、オーケストラバージョンとは言え、フルで聴けるのを心待ちにしていた。YOSHIKIも「自信作だ」と言っているから、なおさら。
ところが、曲が始まるとスクリーンに映画の一部が流れ、その映像に心を全部持って行かれて、曲がちっとも耳に入ってこなかった。ToshlとYOSHIKIが並んでいる、それだけで、これまでの二人の道のりとか、苦しかったこととか、空白の10年とか、Toshlが一番大変なときに何もしてあげられなかったこととか、こうして生きていてくれて本当に良かったってこととか、いろんな想いがぶわぁっと押し寄せてきて、涙がどんどん流れて落ちた。
(涙が止まらなかった理由として自覚していることが他にもあるんだけれど、手短には書けないし、映画のネタバレにもなるので、ここには書かないでおく。)

La Venusは、たぶん素晴らしかったのだろう。でも、全然記憶に残っていない。残念でしかたない。
次のAnniversaryが始まっても、映像の余韻が残っていた。油断すると声を上げて泣いてしまいそうだった私は、それをこらえるのに必死で、曲を聴いていられなかった。Anniversaryは起承転結と人生の壮大さを感じられて好きなのに。
Anniversaryで第一部が終わり、休憩中は呼吸を整えて、呆然としていた。

(続く)


桜井弓月 |Twitter|Facebook


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