月に舞う桜
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| 2006年05月02日(火) |
プライドという名の自己防衛 |
研修で過去の対応事例などを聴かせてもらうのだが、ネタとして面白いものに出会ってしまう。実際の業務に入ったら、ここで取り上げたくなるようなネタはもっと増えてくるだろう。でも、業務の性質上、あまり書けない(書いてはいけない)のが残念だ。本当に残念。 歓迎しかねる人、こちらに敵意を持っていて何らかの危害を加えてくるかもしれない人が現れたとき、私はその相手を恐れる代わりに見下すことで、自分を守っているらしい。愛する人たちや尊敬している人たちのことは対等と言うより自分より上の存在として見ていて、彼らには真摯に誠実に、言葉も心も尽くしたいと思う。でも、自分の中で一度見下した人間は、もう徹底的にランクを下げる。「こんな人を相手に、自分が真剣になる必要はないな」と思いながら、その気持ちを悟られないように笑みを浮かべる。私は今までもそうやってきたし、今もきっとそうなのだろう。これから先のことは、分からないけれど。 心の中で他人を見下すのは自己防衛のためなのだと、今日やっと気づいた。何からの防衛かと言うと、プライドを傷つけられることからの。やはり、私はまだまだ下らなくて薄っぺらなプライドを捨てられないようだ。 恐れを自覚できて、それを外に表明できるのは、一つの強さだ。本当は恐れているかもしれないのに見て見ぬ振りをして、代わりに見下しては鼻で笑うのは、自分が弱さを抱えていることの証。 でも、「下らない人間になめられてたまるか」と思って余裕を見せることで、私は生き延びてきた。そうしなければ生きて来られなかったのかどうかは今となっては分からないけれど、そうやって精神的に生き延びた時期があったことは確かだ。たくさんの人たちに支えられてきたことは言うまでもないけれど、自分で自分を守ってきたことも紛れもない事実なのだ。だから、私は今までの自分のやり方を否定しない。明日になったら、否定するのかもしれない。これから先は、やり方を変えるかもしれない。けれども、少なくとも今日は否定していない自分がいる。 私はときどき、自分が持っているプライドを本当に下らなく思う。でも、捨てられないし捨てたくない。
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