私の雑記帳
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2008年03月04日(火) 孤独の陰

昨日の昼過ぎに突然、彼から電話があった。

彼からの電話は、お金の工面とかあまり楽しくない用件のことが多いが
昨日の電話は思いもかけない「少し時間が作れそうなので今から会わないか?」というものだった。しかし相変わらず「だけど、数百円しか持ち合わせがない」と言った。

私は風邪をこじらせてしまい、苦しくて横になろうと思った矢先の電話だった。体調が悪いこともあり、なんだかひどい顔をしている私。
でも、この機会を逃したら次に会えるチャンスはない。
最後に会ったのが一昨年の8月だったので、すでに1年半という時間が経っている。その間、電話で話すのも2〜3ヶ月に一度という忘れそうなペースでの細々とした付き合い。(付き合いと言えるのか?)
お互いにシングルで不倫でもないのに、人目をはばかるかのような付き合いのようで、なんだか釈然としない。
彼はともかく私は、夜には外出できない。娘にどのように話しても本当は男に会いに行くのだと感づかれてしまう。1年半前、最後に彼と会った夜は実は長女の誕生日だった。知り合いに会いに行くといって家を出ようとしたとき、長女は声を殺してうつむいて泣いていた。それを振り切って彼に会いに行った私。だから夜の外出はもう無理なのだ。夜でさえ彼は時間が作れなくて1年半も会えないのに、昼間に会いたいなどと頼んでもほとんど無理であることは私も彼もよくわかっていた。

だから、どんなに体調が悪くても降ってわいたようなこの機会を逃すわけにはいかなかった。「ひどい状態だけど、今すぐそちらに向かうから」としか恋する女には言えなかった。

本当に久しぶりに会った彼もまた、相変わらずひどく顔色が悪かった。
仕事の激務にろくな食事も摂っていないようだから身体もボロボロなのだろう。おまけに彼も風邪で調子が悪そうだった。
白髪交じりだったはずの柔らかい髪は染めていて、思ったよりは若く見えるが、彼らしくなくて私はうまくなじめない。でも染めなければならないほど白髪も増えたのだろう。

やっとやっと会えたというのに、話したい事は沢山あったのに、不思議と言葉が見つからない。
彼と会っていても、なんだかリアリティがないのだ。ようやく会えたのに上手く実感できないというのもさみしい話である。
彼の仕事(会社)への愚痴、息子がらみで起こった出来事など、昔と変わらず彼が一方的に話す。
彼はこの1年で父親と母親が立て続けに亡くなっている。
仕事は激務でひと月に休日は1日あるかどうかで、ほとんど休みなく仕事に追われている。それなのに給料は安い。
私と知り合う少し前に、転勤でこんな田舎に越してきて、そのうちに離婚し
息子二人をこの地に呼び寄せた。私と知り合ってから、20年勤めた会社を
辞めて(名古屋への辞令を断った)今の会社に就職、そこらあたりから彼の人生が狂い始めたようである。まるで私が疫病神みたいである。そんな事はないと彼はいうが、やはりすべてのきっかけは私との出会いであっただろう。

今の仕事は理不尽なことが多くて「やってられない」と思い、両親とも亡くなり、彼は東京の実家を担保にしてお金を借り、事業を起こそうかと思いつめた時期があったと話し始めた。しかしそれもまた仕事に忙殺される日々に考える余裕すらないとあきらめ顔で話していた。
私は、起業することを勧めたが、そうなれば知り合いのいないこの土地より
生まれ育った東京に戻る事になるという。彼の次男も今度高校3年で、あと1年で卒業だ。こちらでは屈指の進学校に通学しているし大学はレベルの高い学校に入れるだろう。中学までは彼と同じ立教だったこともあるし、東京の大学も考えているだろう。そうすればこんな田舎にいることもない。

彼が東京に戻ってしまうと思うと辛い。
しかし同じ市内に住んでいても1年半も会えなかったのである。
この1年半、私の中で彼の存在は小さな棘のように刺さって時々チクチクと痛んだ。私達の関係がどうにもならないことをこの月日が教えてくれたようなものだ。私はぼんやりと、彼とはもう会えないのかもしれないと思うようになっていた。それはどうしようもない現実でもあった。
はっきり別れるというような清算をするような関係だとは良くも悪くも考えていないのである。逢えるときに逢えばいいし、逢えないときはどうしようもないとシンプルなのである。私との関係は継続性はあるが、発展性はない。

私が苦しいとき、彼はそばにいてくれなかった。
そばにいて欲しいとき、話し相手になって欲しいとき
彼にその役目を頼むことは不可能だった。長い間会えないことで、
私はようやく「会えないことが日常」なのだと思うになっていた。
恋をするというのはいくつになっても厄介だ。
心のメカニズムはよくわからないが、自分の意思の力で好き嫌いを簡単には変えられない。

1年半ぶりに会っても、不思議なほど変わったこともなく、久しぶりに会えたという、ただそれだけだった。相変わらず彼は忙しく疲れていて、とりとめもなく近況を話すだけだった。
そしてまた、以前と変わらず、私がこの1年半をどうして過ごしていたかをたずねたりもしなかった。私の生活に関心がないのだ。

彼が東京に戻ってしまったとしても、今までの関係とたいしてかわりはしないだろう。
距離はあまり関係がなく、だから何処にいようと、逢えないという事実はそれほど変わりはしない。

結婚したいわけではないが、彼が私との結婚などまったく考えもしないということは、彼と私の決定的な温度差である。「私なんか必要ないのね」といつも心の中で思う。
彼の奥さんを<やりたくはない>のに、彼の奥さんには<なりたい>と思う私もそれなりに身勝手なのだろう。
一緒に暮らさなくてもいいから、一日の最後におしゃべりしたいのである。

そんな私の気持ちを彼に伝えても、彼が「ああ、そうだったのか!」などと
思うわけがなく、彼の重荷になるだけだとわかっているから、口には出さない。

二人きりでなんとなく寄り添って、ぼんやりしている時間は至福なときだが切ない。
彼の邪魔にはならないように気を使ってあまり余計なことは話さない私。
どうにもならない現実に、だからこそ傷つけあったりすべきではないのかもしれない。
夫婦でもない以上、私達の関係は希薄で不確かなものであり、踏み込めない領域というものがある。
私は女で、彼は男であり、だからこそ分かり合えない溝と温度差は永遠に変わらない。
彼には、こんなにくどくどと考え込む私の気持ちや心理など理解できないだろう。
そんなことをばんやり考えているせいか、目の前に彼がいるのに彼の存在に現実味がなかった。何が現実で、何が夢なのか、うまく思い出せない。


六日しか違わない二人の誕生日をレストランで祝ったことが3年前の5月に1度だけあった。
2年前の2月には、往復5時間かけて彼の地元の勝どきから銀座まで、夜中にわけもなくドライブをした。
本当に数えられるだけの思い出しかない。
そして今日のことも数えられる思い出のなかに置かれ、次に会える保証も約束もない。そういうあきらめはだけは覚悟していなければならない。

私は再び苦しんでいる。
彼の柔らかい髪と、すべすべの肌に長い指。理屈っぽいところ、投げやりなところ、ちょっとインテリなところ、鈍感なところ、すべてが忘れられない。思い出の輪郭がぼやけてきた頃にこうやって心と身体に刻まれる記憶は
残酷だ。でも私に出来るのは、昨日のこともまた時間をかけて風化されるのを待つだけである。

いつも彼とのどうにもならない関係を嘆いては、くだらない日記を長々と書いてしまう。

こういう日記は、mixiみたいなところには書けない。
とやかく思われたくない直接の知人の目というのは時に厄介である。
私の気持ちを整理するための記録と、どうしようもない憤りを吐き出したくて、ここの日記にのみ書いてみる。

別れ際、彼は私の車から降りるとき「気をつけて帰れよ。じゃぁ」と軽く左手を上げて去っていった。本人にその意識はまったくないがその仕草がちょっと気障で彼らしい。私は彼をずっと目で追ったが、彼は一度も振り返らずに前を見て歩いて行ってしまった。
私は、たぶんもう少し後から押し寄せるであろう寂しさのことよりも、
たった今、彼と過ごしていた時間のことを現実としてうまく受け入れることが出来ないことに戸惑ったまま、ゆっくりと車を発進させた。


pearl〈パール〉 |MAIL

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