希望の日記

2008年03月14日(金)

上の階のやつがまた嫌がらせして来た。信じられない。何をしたというのか。でも私は怒らない。放っておこう。腹を立てない。腹の立つことはいくらでもある。いちいち腹を立てていてはきりがない。腹を立てない。
腹が立たなくなってから全てがうまく行くようになって来た。
しんどい。今朝あんな不愉快なことをされたから眠りが足りない気がする。しんどい。国会中継を見ていると疲れてくる。
しんどい。本が読めない。アフリカから人類は出てきたらしい。そこから全世界に広がっていったのだ。
上の階のやつがうるさい。腹が立たないようにしよう。何を考えているのかわからない。相手にしない方がいい。
腹が立たないようにしよう。関係ないのだ。何の関係があるというのか。
上の階のやつ、何なんだろう。全然わからない。何の恨みがあるというのか。全くわからない。
zに会ってきた。少し元気に見えたらしい。昨日歩いて元気になったのだろう。歩くのはいいことだ。家を持つ気があるのかと聞かれた。失礼な奴だ。でも腹は立たない。腹が立たないようにしている。そうすれば全てがうまく行く。密室じゃないからウォーキングだけが楽しい。そのほかのヨガとかは無理だ。これが一番いい。年寄りしかいないのが玉に瑕だが。腹が立たなくなってきたので全てがうまく行く。
ちょっと調子が悪くなってきた。zと会ったからか。bに戻れないといわれたからか。戻りたくもないが。腹が立たないようになったので全てがうまく行くようになった。朝嫌がらせされたのが悪かったのか。目がおかしい。しんどい。カウンセリングを受けても冷たいものを感じる。カウンセリングは暖かいものではないのだ。赤の他人に秘密を打ち明けることだ。それは恐ろしいことだ。人生は短いな。家を買うつもりかといわれた。そういえば将来というのはあまり長くない。35年ローンなんか組めない。82まで働くのか。年金も怪しいし。府営住宅が関の山だ。カウンセリングという考えをやめて、気楽に茶飲み話をしにいくと思えばいいのだ。無料だし。最近は向こうも入ってこなくなった。表面的な付き合いが正しいのだ。カウンセリングとはそういうものだ。アメリカから輸入したものだから、いいとも悪いともいえない。紳士的になろう。大阪人の柄の悪いのに染まる必要はない。自分は自分。
少し気分がよくなってきた。歩くとドーパミンがドバッと出て安定するんじゃないだろうか。おばはんもそれほど気にならなくなった。素晴らしいことだ。真剣に生きよう。ど真剣に生きる。稲盛氏が言っていた。真面目に生きることはいいことに決まっているじゃないか。今はいい気分だ。不思議だ。
頑張れそうな気がしてきた。引退した人でもあんなに頑張っているのだから、私も頑張れるはずだ。しんどい。でもきっと頑張れる。これからずっと良くなる。礼儀正しくしよう。高齢者には敬老精神で接しよう。ど真剣に生きよう。一人で生きるのは辛い。でも皆同じだ。楽しい。生きるのは素晴らしいことだ。腹が立たないということはいいことだ。腹が立つことの後ろには変な間違った考えが潜んでいる。認知療法と一緒だ。b校に行っているときもその前もおかしな状態だった。今でもおかしな状態だ。でも腹さえ立たなければ全てはうまく行く。腹が立つというのは傲慢な考えが横たわっている。自分が尊重されねばならないという不思議な考え。そんな考えが人を憎ませ、腹を立たせる。腹が立たなくなったということはそんな考えが消えたということだ。弱者に優しくできるということだ。腹が立てばいいというものではない。腹が立てば誇りが守れるということではない。腹を立てても自分を守れるものではない。腹が立たなくなったということは傲岸不遜な考えが消えたということだ。良かった。腹が立たなくなった。ある日突然腹が立たなくなった。いいことだ。立派なことだ。zも褒めてくれた。素晴らしいことだ。
腹が立たなくなった。全てがうまく行くようになった。これは素晴らしいことだ。無事定年を迎えられるということはそれだけでもすごいことだと、自分を振り返って思う。zは私を見捨て始めている。bを出たら私の居場所はあるのだろうか。
腹が立つというのは間違った傲慢な考えを持っているからだ。腹が立つのは子供だけだ。私は大人になったせいか自然と腹が立たなくなってきた。すると全てがうまく行くようになった。世の中を心穏やかに眺めることができるようになった。


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