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■ 君は戦場で咲く:4【シルリナ】
当たり前のようにアメリナを織り交ぜつつ。 一途過ぎる想いは三者三様。
written by みなみ
4:一途過ぎた想い
静かな夜だった。月のない空には星があまねく満ちて、穏やかな光を放っている。窓を開ければ、昼間に少しだけ降った雨の匂いが草や花の香りを孕んで漂っていた。争いや侵害の気配ひとつ感じない、静かな夜。 「平和ですねぇ」 「ほんとですねぇ」 さも珍しいことのようにその空気を噛み締めて、2人は窓にもたれた。 「……リナが、大人しいんですよね」 「……だから、ですよね。やっぱり」 視線を交わして、思わず苦笑いになる。 「あの日でしょうか」 「あの日ですよね」 「なんの話をしてるのよあんたたちは」 呆れ声の主は、ドアを閉めて荷物をベッドに放り投げた。 「あらリナ、帰ってたの」 「それでごまかしてるつもり?」 「ごまかさなきゃいけないような話なんて何もしてないわよ。実際、リナが大人しい理由なんてそれくらいしかないじゃない」 リナのジト目にもアメリアは怯まない。取り繕うようにシルフィールが間に入った。 「まぁまぁ、リナさんだってたまにはガウリイさまの物忘れに突っ込まないときも、たまには道端で絡んできた柄の悪い方たちを凶悪な微笑みで許してあげるときも、たまには盗賊団がそばに居るって噂を聞いても大人しく宿に居るときも、たまには、たまにはありますよ。それがどんなに珍しいことでも、たまにはあったっていいはずです。私たちは巫女として、一条の光を信じ続ける心を失くしてはいけないんです。そうじゃないですか、アメリアさん?」 「……シルフィール。ケンカ売ってんのかと見まごうばかりの見事なフォロー、いつもありがとね」 さすがに頬を引きつらせたアメリアのそばで、リナがこめかみを押さえながら言った。アメリアとシルフィールは少し驚いて、目線を交わしリナを見る。 「ほんとにどうしちゃったの、リナ。」 「怒らないんですか?」 リナは呆れかえって2人を見返した。 「何がしたいのよ、いったい。怒らせたいの?」 「そういうわけじゃないけど、気になるじゃない。いつもと違うと。魔法は使えるんでしょ? 昨日の夜も絶対盗賊いぢめに行くと思ってたのに。」 「……まぁ、使えないって言ったら、使えない、かな」 「ちょっとリナ、あなたまた…」 「魔族に封じられたとかじゃなくて」 すぐさま不穏な想像をしたらしいアメリアを手をぱたぱた振って制す。隣でさっと顔色を変えたシルフィールとを交互に見て、仕方無いというふうに窓辺に寄った。 アメリアとシルフィールの間に立って、窓枠に手を乗せて身を乗り出す。夜の空気に触れた体が、仄白く光った。 「逆なの」 巫女2人が、驚きに目を見開く。 振り返って微笑むリナの瞳が、炎のように揺らめいてぎらぎらしていた。昼の光の中では気付かなかったそれが、夜の中では見逃しようもない。 ――魔力が、今にもその白い肌を破って爆発してしまいそうなほどみなぎっていた。 「新月の晩は、夜じゅうに魔力が満ちているのよ。知らなかった? それでなくとも“あの術”のせいなのか、一時的に魔力が増大してる。今はただこうしてるだけで制御が必要なのに、軽いじゃれあいで魔法なんか使えないわ」 きっところしてしまう、と、さっきまでの冗談の続きのようにリナは言った。 ぞくり、と肌が粟立つのを感じる。目の前にいるこの少女が、あまりにも違う生き物なのだということを突きつけられた気がした。 「巫女さんだって、満月の夜は霊力が高まるんでしょ?」 ありふれたことだと念を押すようにリナが言う。 「……そ、そうね」 思わず声を上ずらせて、しまったと思う。リナを傷つけたくは無かった。ここにいるのがたとえ、少女らしい心の揺らぎで世界を壊しかねない存在だとしても、アメリアはリナが好きだった。体が素直に恐怖を感じても、それを捻じ伏せてやるんだと思うくらいには大好きだった。 どうしたら今ここで伝えられるだろう。
絹に身を包んでいるかのように安らいだ顔で眠ったリナに、毛布をかけてやるシルフィールを見ながらアメリアは溜息をついた。 「どうしたんですか、アメリアさん」 夜を満たす魔力の律動がよっぽど気持ちがいいのか、リナはいつになく深い眠りについている。単純に、魔力の制御に疲れていたのかもしれない。 どちらにしても、リナがまるで目を覚ます気配がないから言えそうだ。 アメリアはシルフィールの目をじっと見た。 「リナが、悪魔みたいな力を持っていても、神さまみたいに手の届かないひとでも、わたし、リナが好きです。」 「はい、知っています」 シルフィールの相槌は何の気ないもので、大きな秘密を告げたつもりで居たアメリアは驚いた。 「わたしたち、巫女ですよ?」 「ええ、巫女で、女で、弱い人間ですよね」 あんまりにも気安くシルフィールが答えるものだから、アメリアの肩から力がすとんと抜け落ちた。ベッドにもたれてゆっくり沈み込む。 「私、思うんです、」 そんなアメリアに頬を緩めながら、言いたいことなど百も承知のシルフィールは切り出した。 「リナさんはただ無邪気なだけだって。悪魔のような力を持っていても、神さまと同じ真実を知っていたとしても。」 ほんの少し前、自称保護者を守るそれだけの為に世界を滅ぼしかけた小さな女の子は、今は薄い安物の毛布に包まってゆるやかな寝息を立てている。 大国を担う巫女姫よりも、神に仕える神官よりも、ずっとずっと素朴なただの女の子だ。 「リナさんはまた、他愛ない何かと世界を天秤にかけて、今度こそ世界を壊してしまうかもしれない。」 自分だってそうだ。彼と世界を選べと言われたら、迷わず世界を選べる気がしない。 そんな選択を問われることがないから、不安や恐怖はあっても、人として生きることは簡単なのだ。 時々考える。その力を持って、大いなる何者かに問われ続けると言うのはどんな気持ちか。 常に傍らで息を潜め囁かれたら、どれだけ心揺らされるだろう。 “世界を滅ぼす力”そんな馬鹿げたものを持ちながら、抱えて歩くひたむきさ。 2人はリナを見た。 リナは何も言わない。起きていても寝ていても。 でもきっと、自分たちがただ息をするだけでできることを、一瞬一瞬確認するように生きているのだろう。 悪魔の力を持っていても、神の知識を持っていても。
人間としての命を生きることに誇りを持って。
アメリアはひっそり涙を落とした。 「それでもリナが好き……本当に好きよ。これが罪深いと言うなら、神を捨てても構わない。」 シルフィールは、アメリアを見るといつもそうしてしまうように、やっぱり目を細めて頷いた。素直で純粋な感情が瞳から溢れているのを見て、きれいだと思う。 そうしてきっと自分の中にあるものも、それと違わず愚直なほど澄んでいるんだろう。 「そんなリナさんを、罪深いと知りながら好きだと言ってしまう――私たちも相当無邪気じゃないですか?」 「はは、ほんと。」 ぽろぽろ涙を落としながらアメリアは笑った。
暗がりが足元から覗いていても、その先にあるのがきっと光であることを、確信させる夜だった。 新月の夜は、魔力で満ちている。 禍々しく尖り病んで、身の内の悪魔を呼び起こす。 けれど月はまた満ちまた欠ける。神と魔のあいだで揺れるように。
ただひとつ言えることは、迷い道を照らす一途な想いが、この胸に輝いている。
2006年02月04日(土)
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