宵越バレンタイン【アメリナ】

えらい和洋折衷なタイトルで。
設定は宮廷魔道士パラレルです。

written by みなみ



 アメリアは忙しい。公務だとか政務だとか、あたしの知らない仕事もたくさんある。王室付きの宮廷魔道士でも、政治的な力を持たされているわけではないからそういうことは教えてくれないのだ。知りたいわけじゃないし、公私を混同させないのが取り分け重要なのも分かる。
あたしは自分がわがままな自覚はあるけど、立場や状況をわきまえないほど馬鹿じゃない自負だってあるのだ。
だから別に、イベント事を一緒に過ごせない日があったって仕方無い。
「んー、それはいいとして、」
どうしようかしら、これ。
あたしはベッドサイドに置いた小さな箱を指で弾いて、ひとりのベッドの上で寝るに寝られずぐだぐだしていた。アメリアは夜更けまで続く長いパーティーの途中。そのあとは明日の公務の準備だなんだで今日は明け方頃まで部屋には戻れないそうだ。明日の公務には付いてきてもらうから、ちゃんと寝ておくようにとも言いつけられた。立場と状況をわきまえるなら、上司命令に従ってさっさと寝るべきなんだけど。
どうにも寝付けない。処分に困る目の前の小さな箱。
「作るんじゃなかったなぁ……」
食べ物を捨てるなんてできないし、自分で食べるのも今更だし、別の誰かにあげるにしてもやっぱり時間がないし、こういう時事的なものは1分でも遅れたら意味のないものだから。ふぁっとあくびが出る頃には、思考も上手くまとまらない。
「ま、いっか」
最終的に結論付けて、やっときた眠気を逃がさないように布団を引き上げる。ふわふわの布団。安宿や野宿に慣れてたあたしは最初は落ち着かなかったけれど、今ではこのベッドがどこより安心して眠れる場所になった。
だってほら、体中いっぱいに、アメリアの匂い。

 うつらうつらし始めたとき、静かな音で扉が開いたのが分かった。侵入の気配に、反応も返さず睡魔に甘えきっていたのは、それがあたしを決して不安にさせない気配だったから。目を閉じていても誰だか分かる。今すぐ起きて名前を呼んで、おつかれさまって言わなきゃいけないのに、瞼が重い。甘く痺れたように体は言うことを聞かなくて、近づいてくる足音のリズムさえあたしの眠りを深くする。
足音はベッドサイドのテーブルの前で止まった。声を殺した笑い声。やさしくて、あたしの好きなアルトの音域。
頬にキスが落ちてきたときには、あたしはもう心地良さに包まれて遠い夢を見ていた。

 目が覚めると寝息は耳元で聞こえた。相手が誰かは分かっているけれど、振り返って確認するにも身動きが取れない。うしろから回された腕が腰元でゆるく巻きついていたから。
手はまだ冷たくて、戻ってきたばかりなのは分かった。予定通り夜明け前、カーテンの向こうはもう少し明るくなりはじめている。
「おつかれさま」
寝ぼけながら言って、もう一度目を閉じようとしたそのとき、目の前のサイドテーブルの上に見慣れない箱があるのに気がついた。寝る直前まで指で弄んでいた青い箱は無い。代わりに置かれた明るいオレンジ色の箱。
「夜が明けるまでは、バレンタインデイよね?」
こちらも負けず劣らず寝ぼけた声だったけど、それでも充分甘かった。
振り返れないようにしてくれたのもやさしさだろうか。あたしは泣きたくなるほど幸せで、でもそんな顔も言葉も声も見せたくなくて、目を閉じて寝たふりをした。
バレンタインの夜を、少しでも長く明日に続けたかった。
ほんとうにほんとうに、しあわせだったから。


2006年02月02日(木)
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