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■ ラストフレンズ【まこうさ】
しあわせの重み。みんなに食べさせたい厳選した食材がいっぱい入った買い物袋を提げて、鼻歌交じりに鍵を回す。カラッと空回りするような手ごたえのなさ。 あれっと思いながらも、とりあえず玄関を開けて中に入る。 ブーツを脱ごうと荷物を置いたところで、久しぶりに見る可愛いサイズの靴。 「うさぎちゃん、帰ってるの?」 ブーツを脱ぎ捨て、荷物を持って早足でリビングに向かう。 キッチンからうさぎの返事が返ってきた。 「おかえり、まこちゃん」 朝、慌ただしく出て行った面々が流しに置いただけの食器を洗いながら、うさぎが振り返る。 「うわ、いいのに! ごめんよ、今朝は時間がなくて」 「ううん。最近全然手伝えなかったから。一応当番制にしようって、みんなで決めたでしょ」 「それはまだみんなが学生だった時のことだよ。それでなくてもうさぎちゃん、夜勤とかで大変なのに、こういうのはアタシに任せてくれればいいから」 泡を落としているうさぎの隣に立って、手にした食器を受け取ろうとするが、ひょいっとその手を遠ざけられる。 「だーめ。みんなで暮らしてるんだもん。あたしもちゃんと役に立ちたいの」 「だけど、」 「ねぇ、今日の晩御飯、なに?」 めげずに伸ばそうとする手に気づかないフリで洗い物を続けながら、うさぎが聞いた。 まことはハッと気が付いて荷物を振り返る。 「いけない、アイス買ったんだった」 「ほんと? やったー!」 最後のコップの泡を流しながら、うさぎが嬉しそうに笑った。 アイスを冷凍庫にしまいながら、今日買ってきてほんとによかった、とまことも笑う。 「洗い物、ほんとありがとう。もう座ってていいよ」 「ご飯も手伝うよ」 「たまには、ゆっくりしてな」 ふわふわの前髪をかきあげて、くしゃくしゃと撫でる。 髪から香る同じシャンプーの匂い。 一緒に暮らしてもう何年も経つのに、まだこんなことが嬉しい。 「もー、甘やかさないでよ。あたしも大人なんだから」 「はいはい、分かってるよ」 くすぐったそうに笑いながら、形ばかり怒ってみせるうさぎをリビングまで押して行って、ソファに座らせる。 「なんか飲む? なにが良い?」 「だからぁ」 「甘やかさせてよ。アタシの生きがいみたいなもんなんだから」 「まこちゃんてば」 困ったように笑う顔は少し大人びて、どんなに甘やかされてもまだ足りないみたいだった中学生の頃が懐かしく思い出された。 大人にならないで、と、言いかけた言葉をまことはぐっと飲み込む。 それはアタシのわがままだ。 分かっているから口には出さない。 「ココア、飲みたいな」 心の中の迷いが見えたように、困った笑顔のままでうさぎが言った。 かえって気を遣わせたかなと、まことも困った笑顔を返す。 「わかった」 「……隣で」 「え?」 「隣で一緒に飲んでくれなきゃヤダ」 かわいいわがまま。少しへたになった甘え方。だけど、相変わらず破壊力はばつぐんで。 「……わ、わかった」 真っ赤になった顔を覆って、くるっとキッチンへきびすを返す。 どきどき高鳴る心臓をなだめながら、かちゃかちゃと大慌てで準備をして、ココアをふたつ持ってソファに戻る。 「まこちゃんはやーい」 「がんばったもの」 驚いたような拍手を苦笑いで受けて、控えめに距離をとって隣に座る。 「おいしそー」 温かい部屋に暖かいココアの匂いが立ち上り、うさぎはにこにこと嬉しそうにカップに手を伸ばした。 少し浮かした腰を、さりげない仕草でまことのすぐそばに下して、ぴったりと寄り添う。 湯気を吹くかすかな呼吸音が、触れた腕から振動で伝わってくる。 うわぁぁぁぁと叫びそうになるのに、体は硬直して動かない。 おいしいねぇ、と言う声にも上の空で答え、必死で落ち着けた気持ちを持ち直す頃には、ココアの暖かい温度と甘い匂いをまとって、うさぎは平和な顔で眠っていた。 「あら、今日は早いのね」 鞄の中のカギを探していた美奈子のうしろから、亜美が声をかける。 「あら、亜美ちゃん。お帰りー」 「残業は?」 「今日はうさぎちゃんが早く帰ってくる日だから」 てへぺろっとおどける美奈子を押しのけて、呆れ顔で亜美がカギを差し入れる。 「……ストーカーって言われるわよ、そのうち」 「うさぎちゃんはそんなこと言わないもーん」 「そういう亜美ちゃんも、今日は早いんじゃない?」 開いたドアのかげから、ひょいっとレイが顔を出した。 「あらぁ、レイちゃんまでお早いお帰りで」 「出張じゃなかったの?」 「先方の都合で延期になっただけよ」 がやがやと玄関を入る3人がリビングのドアを開けて凍りつく。 「あ、おかえり」 まことが顔をあげて、ふにゃふにゃ微笑むのを、3人は黙って見つめた。 と言うより、その肩口で眠る少女の寝顔を。 「ごめん、ご飯まだできてないんだ」 その理由など聞くまでもなく、そしてそれを責めることもできず、美奈子ががっくりくずおれた。 「ご、ごめん。おなかすいてたら、とりあえず昨日の残りがちょっとあるから……」 「ちがうぅぅぅ……」 だくだく涙する美奈子の肩を叩いて、亜美がキッチンを指さした。 「何を言ってるの、美奈子ちゃん。これはチャンスよ」 「チャンス?」 「まこちゃんが専有してたうさぎちゃんに手料理を食べさせておいしいって言ってもらう役を奪えるまたとないチャンスじゃない」 「!」 「しまっ……!」 止める間もなく立ち上がりさっさとキッチンへ向かう美奈子と、勝ち誇った一瞥と共にそのあとを追った亜美。 悔しそうにそれを見送りながら、それでも動くに動けないまこと。 「あなたたち、ほんと平和ね」 呆れた顔で、うさぎの隣に腰をおろすレイ。 「……ちゃっかりだな」 「なにが?」 しれっと笑うレイに、まことも笑った。 ああなんて、にぎやかな我が家。
2003年03月11日(火)
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