都都逸【ロビナミ】

枕出せとはつれない言葉 そばにある膝 知りながら



 頼まれた水遣りは物のついで、難なくこなす。
ただ過分なく心を注ぐのを忘れないように。
大事なあの子の、大事なみかんの花だから。
朝の騒動を終えたばかりの甲板で、のどかに日向ぼっこするクルーを眺めながらホースをしまう。
航海士は見張り台に立って、何やらぶつぶつと計算式。
ここまでお互いの専門分野に不必要に立ち入ってはこなかったので、今日も私は素知らぬそぶり。
部屋に戻ろうとしたところで頭上から声がかかった。
「ロビーン、コーヒー飲みたいよーぅ」
甘えた声に笑ってから、いそいそとキッチンへ。
朝食の後片付けをしているコックの隣に並んでコーヒーを淹れる。コックは口出ししてこない。
お互いの専門分野に立ち入らないのはここでも同じ。
あの子を甘やかすのは私の仕事。
「ごめんなさいね」
勝ち誇った顔の私に嫌な顔ひとつせず、コックはいいえと見送った。
淹れたてのコーヒーを持ってあがった見張り台の上は雑然としていて、その真ん中で微笑んだ少女は整然としていた。
なんの揺らぎなく自信に満ちて、私を迎え入れる。
「ありがとう、ロビン」
「お仕事は順調?」
「うん、もう終わるよ」
「ご苦労様。じゃあ少し休んだら?」
「そうする。もう眠くって。」
昨夜から休みなく働いていた少女は心地よい疲れを纏いながら、渡したコーヒーを飲み下す。
「あら、だったらコーヒーはよくなかったかしら」
「大丈夫。この眠気はカフェインなんかに負けない」
楽しげに笑って、一気に煽ったカップを脇に置いた。
みかんの香りを乗せた風が2人のあいだをすり抜ける。
目を細めた少女の肩から力が抜けて、ゆっくり見張り台のてすりにもたれた。
波の音と、花の匂い、わずかな風にも2人のあいだは隔てられ、決して寄り添えない2人の未来を思わせた。
せめてこの膝にでも肩にでも、その小さな頭を乗せてくれればと慎ましく願うだけ。



2000年02月24日(木)
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