暴かれた真光日本語版
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2005年09月28日(水) 崇教真光と考古学 その2(教義2)

崇教真光と考古学 その2(教義2)


[553]崇教真光と考古学 05/10/06 14:10 9Hqd6qPk93
崇教真光誌平成12年1月号P64-74
御立教四十周年記念特集
世の大建て替えの時来たる!
【第2回】次々と実証される救い主様の御予告
 「考古学が以前と比べると大変進歩してきて、その再新の考古学のおかげで、われわれの日本が地球上の一番古い国だということがわかり出してきた。三千年の建国などとはとんでもない嘘八百である。神武天皇ご討征の頃などといったら、天祖皇祖からは、はるかに後世のそのまた後世の近代史に属する。
 そういうことが歴史のほうからもわかってくるし、また考古学の方からもわかってくる。一方人類学のほうでは、人骨の中で日本人の人骨は古いということさえわかってきた。それらのことすべてが、私が立教当時から神様に教えられたとおりになってきたのである。
 神様が「アバクゾ」とおっしやると、どんどん考古学会でアバキ始めた。そうして先にも育ったように、ついに石器が至る所で発掘されだしたと思っていたら、つい最近になって、巨石器文化が発掘されるにいたったしだいである』
(救い主様み教え (S41.5)より抜粋)

 『いずれ細かく、歴史的に実証させて頂きたいと思っておりますが、かつては、世界政治の、というより世界教化の中心地は、たしかに日本、特に東北にあるということがいえると思います。(中略)今某大学から内緒で大分(だいぶ)東北あたりへ発掘に行っております。ちょうど発掘中のところへぶつかりまして、そういう方々の研究を見ましても、かつての東大の考古学者で、日本で有名な方にお会い致しましても、ハッキリ「日本の考古学界は、もう曙の時代がきました。今迄の考古学はウソであったことを立証しなければならん」こういうことを直接、私にいっておられます。やっと歴史家も考古学者も正直にいわねばならなくなってきています』
(救い主様み教え(S42.7)より抜粋)

 『日の元つ国は新真歴史学では、本来「人類創造の地」であり、「五大文明五大宗教発祥の源泉地」であり、いいかえれば人類文明というものの創造地である。日の元つ国は人類五色人を全地球に分布したスメル族の「本案」であったことは、もはや新しい考古学上からいっても、ムー大陸史からみても、生物学言語、神代文字と世界の文字からいっても、もう人類史の夜明けとして判明してくるのも、時間の問題である。その発見も自前に迫りつつあることを、研修会によって知られたであろう。まだ知り得ないとすれば、陽光子としては、不勉強の不幸者「次期文明への種人としては失格者」というよりほかはないであろう』
(救い主様み教え(S46・11)より抜粋)

 「現代の人類、特に肝心の日本人が持っている歴史迷信というのは、恐るべき迷信というよりほかない。(中略)世界歴史が偽りにみちていることが、いずれは証明される時がくる。もしかりに、私の存命中にこの論文が書けないとしても、私の周囲の学者の方々が内密に研究を進めておられる。やがては、学校の生徒達が「お父さんお母さんは古いなあ」という時代がもう間もなくやってくる』
(救い主様み教え(S47・6)より抜粋)

 『「天意の大転換」により、今までの常識や通念では解決出来ない事が次々と起きております。歴史・宗教・科学・経済・政治の万般に亘りまして大変革が起きつつあります。
 例えば、近年まで牢乎として動くことのない「歴史迷信」が崩れ出してまいりました。(中略)
 故に、「人類歴史」は大きく変更を迫られる天の時が到来いたしました。
 神歌に、
 あかときの 神の光のさしそめて
   人類歴史の大曲がり角来ぬ
 めざめかし 人類歴史は正法に
   書き換うる外なき魁の時
とございます。


[554]崇教真光と考古学 05/10/06 14:10 9Hqd6qPk93
 救い主様は、「新考古学の発掘と発展によって、日本列島から少なくとも百万年前の遺跡が発見されるであろう」とご予告あそばされていらっしゃいます。即ち、六十万年はおろか、”百万年前にこの霊の元つ国に人類が既に存在していた”ということになります。
 今までの常識では考えも及ばざる出来事が、考古学という実証の世界から起きつつあります。(中略)
 愈々、「救い主様の壮大なる人類史のご予告」が現実となりつつあります。
 神の御接点は、人知人力を越て進展してまいります。万人に魁けて早くから「神の御経綸」を知らされた陽光子乃友どちは、”霊の元つ国人の霊籍”に目覚めて行かなくてはなりません。(教え主様御教示(H8・10)より抜粋)
 これまで、人類の誕生から現代に至るまでの世界の正史(正しい歴史)は、長い年月の中で忘れ去られ、あるいは故意に隠滅・改竄されて参りました。
 しかし『天意の大転換』が進展するに伴い、神様は次々と「真実の歴史」をアバき出しておられます。特に御立教三十周年以降の十年間は、“歴史が塗り替えられ、教科書が書き替えられる”驚くべき発見が相次ぎました。
 つい数年前まで「常識」だったことが次々と覆され、学校の教科書もどんどん書き替えられているのです。今や「縄文時代は未開で野蛮な時代だった」などと言おうものなら、「まだそんなことを言っているのか、遅れてるなー」と馬鹿にされかねません。
 『周りから仕組むぞ』とのお示し通り、神様は現代人の「歴史迷信」を打ち破る新発見を、次々と私共の眼前にお示し下さっておられるのです。不勉強のままでいては、神様の御経倫に乗り遅れてしまうことにもなりかねません。
 これから、最近の主な考古学的発見を、かいつまんでご紹介させていただきます。
「霊文明人としての欠くべからざる素養」として、ご一緒に復習させていただきましょう。

◇世界から注自される日本の縄文文化
 最近、日本の「縄文文化」に世界の注目が集まっています。
 青森県の三内丸山遺跡から、縄文のイメージを覆す巨大集落跡が発掘されたのを皮切りに、日本各地から原日本人の驚くべき姿を浮き彫りにする新発見が相次いでいるのです。
 その結果、縄文人は世界に四大文明が花開く遙か以前から、優れた農工や建築技術を持ち、成熟した定住社会を築いていたことが解明されて参りました。最近の主な発見を簡単にご紹介させていただきます。

イ、縄文のイメージが覆る
 平成四年から発掘の始まった「三内丸山遺跡」は、それまでの縄文観を大きく変えるものとして、一躍有名になりました。(資料1)
 それまで「縄文時代の集落はせいぜい30人規模」というのが一般的な説でした。しかし発掘が進むにつれ、三内丸山は想像を絶する巨大な集落であることがわかってきたのです。
 六百棟にものぼる住居群、長さ32メートルにも達する十数棟の大集会場跡、百棟を超す高床式倉庫跡、そして高さ20メートルにも達するといわれる大型掘立柱建物(神殿〜)跡……。30人どころか、500人以上の人々が悠々と暮らせる巨大集落だったのです。
 出土品の多さも群を抜いていました。耳飾りや腕輪、ペンダント、ヘアピンなどの装飾品、みごとな漆器や翡翠の大珠などは、豊かでゆとりのある生活を彷彿とさせます。
 さらに、クリやヒエを計画的に栽培し、酒を造り、豊富な海産物を食していた痕
せき跡も発見され、グルメでおしゃれな縄文人の姿が浮き彫りになりました。
 正しく「三内丸山遺跡」は、それまでの貧弱な縄文観を根底から覆す衝撃的な発見でした。そしてこの頃から、高度な原日本人の姿を実証する驚くべき遺物が、日本中から相次いで発見されるようになったのです。

ロ、高度な縄文の大工技
 平成9年9月、富山県小矢部市の桜町遺跡から、「渡腮仕口(わたりあごしぐち)」と呼ばれる木の組み方をした、縄文時代中期(約四千年前)の建築部材が発掘されました。(資料2)
 渡腮仕口とは、クギを使わず木の一部を切ってかみ合わせる工法で、これまでこの工法を使った最古の建物は飛鳥時代に建造された法隆寺(西暦607年)が日本最古とされていました。
 この発見は、その起源が一挙に2700年も遡ることを示すもので、建築技術史上画期的な発見となりました。
 この遺跡からは、同時に今まで�猝鐇源�代以降にしか無い�瓩噺�られていた高床式建築が、縄文時代にすでに存在していたことを実証する大量の建築部材も見つかっています。
 現代にも通じる高度な建築技術を持ち、快適な暮らしを送っていた縄文人の姿が、建築学の分野からも明らかにされつつあるのです。


[555]崇教真光と考古学 05/10/06 14:11 GoRGEoUS
ハ、世界最古級の土器発見!
 平成10年7月、青森県蟹田町にある縄文草創期の遺跡で発掘された土器片が、実に「1万6500年前」に作られたものであることが、最新の科学分析法で明らかになりました。(資料3)
 これまで縄文時代の始まりとされてきた1万2000年前より4500年も古く、考古学者は「従来の定説を覆す、極めて重要な発見・研究だ」としています。
 この土器の年代は世界的に見ても最も古いもので、「世界最古の土器文化」としての原日本・縄文文化の起源に、いま改めて世界中の関心が集まっています。
 ナイル川やチグリス川流域などに四大文明が出現する一万年以上も前、大陸と陸続きだった日本列島では、すでに土器の製作が始まっていたのです。
 ヨーロッパに初めて土器が登場するのは紀元前五千年頃、西アジアからドナウ川沿いに伝わったと考えられています。このことから見ても、日本の土器が如何にケタ違いに古いものであるかがわかります。
 「日本で発明された土器が、世界中に広がっていった」という説も、あながちデタラメとは言えなくなってきました。

二、縄文前期から米作り!
 「稲作は今から2500年前の弥生時代初頭に始まった」。長らく続いたこの定説が、いま完全に打ち砕かれようとしています。
 平成11年4月、岡山市・朝寝鼻遺跡の約六千年前の地層から、稲の細胞化石(プラント・オパール)が発見されました。これは、実に定説を3500年も遡る縄文時代前期初頭から、稲の栽培が行われていたことを示しています。(資料4)
 稲の本場、中国の長江下流域で本格的に稲作が行われはじめた時期とほぼ同時期に、縄文人もまた稲作を行っていたのです。
 さらに、同じ地層から発見された別のプラント・オパールを調べたところ、東アジア最古の「小麦栽培」の証拠であることが確認されました。中国最古の小麦栽培の痕跡は約五千年前。中国でもまだ小麦栽培が始まっていなかった時代に、縄文人が早くも栽培に取り組んでいたことが明らかになったのです。(資料5)
 イノシシやシカなどの獲物を追って、地域を転々として暮らしたという従来の縄文人のイメージは完全に覆り、翌年の為に種籾を備える優れた計画性や、稲の不作に備えて小麦を植える緻密さを兼ね備えた原日本人の姿が明らかになったのです。

ホ、海を渡った縄文土器
 南太平洋の島国、バヌアツ共和国から出土した縄文を持つ土器片を調べていたハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦博士(太平洋考古学)ら日米仏の考古学者ら6人は、これが約五千年前に日本で作られた縄文土器であると断定しました。
(資料6)
 その根拠は、土器の文様や成分を厳密に比較調査した結果、それらのデーターが青森県で出土する土器と完全に一致したためです。
 五千年も昔、船に土器を積み、六千キロもの海路を運んだ縄文人たち……。私たちの祖先は、五千年の昔より世界各地へと雄飛していたのです。
 さらに現在、南米大陸で発掘された土器と、日本の縄文土器の整合性に関する研究も進んでおり、縄文人が太平洋を渡り、南米大陸にまで到達していたことが証明される日も近いものと思われます。
 すでに、遺伝子レベルの研究では、中南米に高度なピラミッド文明を築き上げてきた原住民と、日本の縄文人のDNAがピッタリと一致することが確認されています。
 これは、両者がかつて同じ村で生活していた「全く同一の民族」であったことを、科学的に証明するものなのです
 今後の研究が、大いに期待されるところです。


[556]崇教真光と考古学 05/10/06 14:11 9Hqd6qPk93
ヘ、日来神堂を築いた縄文人
 平成5年10月、古くから“縄文のピラミッド“との説があった秋田県鹿角市十和田大場の黒又山(標高280メートル)を調査していた環太平洋学会の調査団は、地中レーダー探査の結果から、「黒又山は自然の山を削って階段ピラミッド状に仕上げた縄文遺跡である」と結論付けました。(資料7)
 周辺は縄文時代の遺跡が多く、黒又山の南西約2キロには、約四千年前のものとされる直径約50メートルの大湯環状列石(国の特別史跡)がありますが、どちらも古代人の太陽信仰と深い関係があると考えられています。
 救い主様は、『ピラミッドは太陽神の神殿(日来神堂)である。世界各地のピラミッドは日本から広がって行ったもので、原型は日本にある。日本の太陽信仰というのは、少なくとも60万年以前の巨石時代に遡る』とお示し下さっておられます。
 今後、日本各地で発見されているピラミッド遺跡の本格的な調査が進めば、旧石器時代から連綿と日来神堂を築き続け、太陽神を崇めてきた原日本人の姿が明らかになってくるものと思われます。
 戦前の日本では「わが国には旧石器文化は存在しない」というのが定説でした。この歴史迷信を切り崩す端緒となったのが「岩宿遺跡」の発見です。
 1949年、市井の考古学者・相沢忠洋氏は、群馬県笠懸町岩宿の切り通しになった赤土の中から、黒曜石で作られた見事な石器を発見しました。ここに、日本の「旧石器時代」の存在が初めて明らかにされたのです。
 救い主様は、群馬県に御巡光される度に、相沢先生と共に岩宿遺跡や夏井戸遺跡をお歩きになられました。救い主様の『まだまだ古い石器が出ますよ』との御予告通り、間もなく夏井戸遺跡からは30万年前の石器が発掘されました。しかし、当時の学界はなかなかそれを認めようとしなかったのです。
 しかし、昭和56年に宮城県で「座散乱木遺跡」が、そして昭和59年に同じく宮城県から「馬場壇遺跡」が発見されたことにより、それまで反対していた学者達も、日本の旧石器文化の存在を認めざるを得なくなりました。
 その後、平成5年には、同じ宮城県の「高森遺跡」において驚くべき発見がなされました。北京原人と同時期の約50万年前の地層から、みごとな旧石器が発見されたのです。(資料八)
 さらに、翌平成6年には、隣接する「上高森遺跡」から、さらに十万年も遡る約六十万年前の旧石器が発見されました。(資料9)
 平成7年、同遺跡からまとまって発見された15点の石器は、まるで太陽を意識しているかのように、赤い碧玉の石器を中心として、放射線状に並べられた状態で出土しました。(資料10)このことから、日本原人にはものを椅麗に並べる豊かな精神性があったことが分かっています。
 さらに平成8年には、石器の表面に火で焼いた跡が見つかりました。これは北京原人よりも古い時期に、日本原人が火を使用していたことを意味しています。この事実がハッキリと確認されれば、“世界最古の火の使用”を裏付ける大発見となります。(資料11)
 その後、発掘を進めるにつれて旧石器の年代はどんどん古くなり、平成10年11月には、60万年前の地層の20センチほど下から、さらに古い時代の石器が発掘されています。
 そして、平成11年10月始まった第5次発掘調査では、前の地層のさらに3メートル以上も下からら次々と石器が発見され始めまのした.地層の古さは、少なく見積もっても70〜80万年前とのことですが、中国で出土した百万年〜150万年前の石器と酷似しているとの専門家の指摘もあり、今後の正確な年代測定に注目が集まっています。
 発掘担当者も「間もなく百万年前のものが出てくる」と確信を持って語っており、日本原人の古さが一体どこまで遡るのか、全く見当がつかなくなってきました。(資料12)
 救い主様は、「新考古学の発展によって、日本列島から少なくとも百万年前の遺跡が発見されるであろう」とご予告あそばされていらっしやいますが、西暦2000年に突入した今、まさにそれが現実のものとなってきているのです。
 少し前の常識では考えも及ばざる出来事が、考古学という実証の世界から、ハッキリと起きつつあります。


[557]崇教真光と考古学 05/10/06 14:12 9Hqd6qPk93
◇人類の起源はアジア!?
 これまで、「人類の発祥の地はアフリカ大陸」というのが世界的な常識でした。しかし最近、この説が危なくなってきています。アジアでの人類誕生を示す、古い化石が相次いで発見されているためです。
 平成10年11月、ミャンマー日本ポンダウン地区化石調査隊(隊長、茂原信生・京都大学霊長類研究所教授)は、「ミャンマーの約四千万年前の地層から、ヒトを含む真猿類に極めて近い世界最古の高等サルの化石を発見した」と発表しました。
(資料13)
 これは、人類がアフリカではなく、アジアに起源を持つ可能性を示す有力な証拠として注目を集めています。
 また、フランスとミャンマーの共同研究チームが、昨年(平成11年10月) アメリカの科学誌「サイエンス」に、別の発掘結果をもとに「ヒトを含む高等サル(真猿類)の起源は間違いなくアジアにある」という研究結果を発表しました。(資料14)
 一方、アメリカ・カリフォルニア大学のブラウン博士は、生化学の立場から、人間の細胞の中にあるミトコンドリアの遺伝子を解析した結果、「人類の先祖はアジアに起源を持つ可能性が高い」と発表しています。
 救い主様は、御立教当時より『人類発祥の地は霊の元つ国(日本)である』とお示し下さっておられました.今まで、有識者の多くはこれを荒唐無稽な説として耳を仮装としませんでしたが、天意の大転換と共に、「救い主様の壮大なる人類史のご予告」が次第に現実のものとなりつつあるのです。

◇ベトログラフ(岩刻文字)の発見
 最後に、未だ学術的には認められていませんが「ペトログラフ」と呼ばれる岩刻文字について紹介させていただきます。
 「日本ペトログラフ学会」の調査によりますと、紀元前四千年頃シュメール人が使用していたとされる古拙文字が刻まれた岩石が、日本各地から続々と発見されはじめています。(資料15)
 解読されたペトログラフの中には、太陽神を表わすものや、海に沈んだムー帝国を追悼するものまであるそうです。(資料16)
 海外では30年ほど前からペトログラフの研究が進み、すでに世界各地から同じような岩刻文字が多数発見されているそうです。その分布状況から、ある固有の文明と言語を待った人々が、太古、かなり広範囲に一旦って地球上を移動していたことがわかってきています。
 日本での研究はまだ始まったばかりですが、今後日本と世界のつながりを示す重大発見がもたらされるかもしれません。
 「天意の大転換」が急激に進展する今、どのような驚くべき新事実が明らかにされるのか。これからの新しいミレニアム(千年紀)は、考古学から一時も目が離せそうにありません−−。
    ◇
 今回ご紹介した考古学上の発見は、全体のごく一部分ではありますが,
 わずかな期間に大変な発見が続いていることがお判り頂けると思います。
 神様の御経倫は人知人力を越えて進展し、救い主様の壮大なる人類史の御子告は、これから愈々本格的に現実化して参ります。すなわち、現代物質文明の行き詰まり・崩壊現象が加速する一方で、新真文明の建設に向かう動きもまた、加速的に推進されて行くのです。
 万人に魁けて早くから「神の御経倫」をお知らせ項いた陽光子乃友は、今こそ『霊の元つ国人の霊籍』にハッキリと目覚めさせていただき、敢然と世の大建て替えに立ち上がって行かねばなりません。(つづく)


日記作者