言の葉孝

2005年04月22日(金) ゆとり教育に一言申す日

 文部科学相が謝っちまったらしいですね。「ゆとり教育間違っとりましたー」って。謝られてもゆとり教育で無駄にした時間は戻ってきませんよねー。そして子供思うわけですよ。
「おとななんかしんようできるかー!」「おれたちのうしなわれたじかんをかえせー!」「おとなたちにふくしゅうしてやるー!」
 そして大人達に見切りをつけた子供達は頭にソリを入れ、シンナーで歯を融かし、盗んだスクーターにまたがって(←これが正しい不良の在り方)、親への、ではなく社会への反抗期に入るのですなー。

 まあ、アホな妄想はそこまでにしておいて。
 まあ、「勉強ばっかやっててもしゃーない」って、ゆとり教育やるってのも解らないではないんですけど、その先にある受験制度はまるで変わっちゃいないわけですよ。いままでとは圧倒的に違う授業料で受験に要る学力を維持しろって言っても無理なんですよ。
 学校の勉強は一見無駄ですが、基本的知識(特に社会科系)をつけることは将来本を読むことが楽しくなるし、本を読むことはさらに知識を深め、心を豊かにします。つまり、学校教育は心を育てる土台造りなわけで、『ゆとり教育』とやらをするのは結果的にそれを疎かにしてしまうわけです。
 あと何か、ゆとり教育導入後初めての学力テストだかで、学力の低下が見られなかったという結果が出たそうですが、それはゆとり教育が成功したからではないと思います。多分、ゆとり教育で勉強時間が足らないと不安に思った親が子供を塾に突っ込んだからだ、とかそういう事じゃないかと思うんですよ。

 で、ウチの大学のゆとり教育の話。
 「ヨーロッパ文化研究」とかで、西洋中世文学史っていうことで、文学からヨーロッパの歴史をみてみようっていう授業があるわけですよ。文学といえば本、ということで何故か紙の起源からやっておりまして、今世界最古の印刷物がどうのこうのっていう話をしているんですよ。
 その授業は、配付されたレジュメにそって授業される、という生徒側にとってはとっても楽な授業なんですが、今日のレジュメの最初には筆記用具、要するにペンやらインクやらの歴史をやるようなことが書いてあったんです。
 でもその時先生が話していることは、レジュメには全く書かれてないことだったんですね。

 以下、回想



「ええ、紙が日本に伝わってきたのは610年の推古天皇の時代という説もあり……」

 もう、レジュメ渡すんやったら、それに沿って授業してくれよ。ノートとりにくくてしゃーない。

「というわけで、称徳天皇は百万塔をつくって、その中にお経を……」

 なんで今、お経の話? ああ、そうか世界最古の印刷物だからか。

「ところが韓国でも無垢浄光大陀羅尼経が見付かり、特殊な漢字が使われていることからみるに、そちらのほうが古いらしいと……」

 これ、“西洋”文学史やったよなぁ?
 それにしても結局ノート取り損ねたな。ま、ええか。いざとなったらあの『紙の道』とかいう参考書読めばええんやし。


 ------そうして、とりあえずノートをとるのを諦め、レジュメに書いてある話が出てくるまで待つ体勢に入った10時13分(授業開始から53分後←なんでそんな具体的やねん)、その言葉は放たれた。



「では、これから授業を始めます」



 貴方今、何と!?

 今までの約一時間って何? 前フリ!? 余談!? 生徒達の気持ちをほぐすためのちょっとガクジュツ的な軽快トーク!?
 なーんだ今までのは授業じゃなかったのか別にノートとってなくても良かったんだなあはははは心配して損しちゃったどうりでレジュメに載ってないはずだわービックリー思わず吉本新喜劇のベタなずっこけみたいに机に額ぶつけちゃったヨー。



 以上、回想でした。

 前フリ1時間って、ゆとり教育にも程があるぞ。

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