�鷁里辰突戮譴觴臧悗淵轡Д嫺�記�鵝前藥�録〜...カロリィ

 

 

∧

- 2024年11月26日(火)

絶賛、癌と闘病中の実母のことです。
2年前の夏、母が婦人科系の癌であることが判明しました。
婦人科系、とボカして書いているわけではなくて、私は薄情なほどに母の病気
のことに興味がなく、婦人科系の何という癌だったか何度聞いても覚えられ
ないのです笑

子宮頸がんだったか、体癌だったか。
多分覚える気がないです。

癌が判明した当初、夫の母からは「寄り添ってあげてね」といったようなこと
を何度も言われました。
私はその「寄り添う」というのがどういうことなのか全然分からない人間で、
時々体調を聞いたり日頃の鬱憤を電話で聞いたりするくらいで、病気だから
こうしようみたいなことは特にせずに過ごしていました。

多分、看護師である義母的にはそれがちょっともどかしく感じたのかなと
思っていますが、興味無いもんは興味無いし、寄り添えって言われたって
どうすることが寄り添うってことなのか私には全く分からんまんま、2年
以上が経過して今に至っています。

ところで1〜2ヶ月ほど前、癌の転移が分かったとの連絡を受けました。
同じ抗がん剤で治療をしていましたが、転移した部分には効いていないと
いうことも判明、先週あたりから薬を変更して治療を継続するという話を
聞きました。

しかしこの変更後の新しい薬が、まあキツイらしく。
丸々1週間、LINEの返事もできないほどだったようです。

時々、思い出したように「調子はどうですか」とLINEをするも、その1週間
は何の返信もありませんでした。


うむ。
「まあそういうときもあるやろ」
としか。

今はただ静観するしか方法が見当たらないわけですが、果たして「寄り添う」
とは何ぞ。

寄り添うとか思いやりとかいう言葉あるけど、でもそれって結局あなたの
感想ですよねじゃないけど笑、寄り添う側の感覚というか判断というか
エゴで行うものですよね…。

その思いやりが、思いやった通りに相手が受け取ってくれているとは限らない
わけで。

だから私は、助けを求められたときに自分に無理の無い範囲でしか手出しを
しないようにしています。

母からも、相談を受けた時に「私はこう思う」は伝えるけれど、こちらから
関わっていくことはしない。

とくにステージ3とか4の癌だなんて尚のこと、本人の意思が尊重される
べきではないでしょうかね。

どんな瞬間よりワガママが許されると思うので、思う存分患者本人の思いは
周囲に打ち明ければ良いと思います。

その思いを受け入れ、行動に移すかどうかは今度はこちら側の判断。

治療方針についても、やりたいようにやれば良いと思うの。
生きたいなら生きる方に、年齢も年齢だから受け容れるなら受け容れる方に。

だからって別に白黒ハッキリしなくちゃいけないわけでもなくて、迷っている
ときは「迷っている」って言えば良いと思うの。

皆、他人に忖度し過ぎだし思いやりすぎだし寄り添おうとしすぎなように
私には見えます。

私にとっては「察して」がいちばん迷惑笑
いや無理、私察せないんで。
言いたいことがあるなら言ってくれ。
言いたいことを我慢するなら、人のせいにしないで自分で「我慢する」を
選択してくれ。

ちなみに母の癌治療の様子を見ていて、自分のときは「受け容れよう」って
強く強く思いました。

とはいえ、です。
私はその境界線に立たされていませんし、自分史上そんなギリギリの選択を
迫られた経験が無いので必ずとは言い切れませんが、今はそんな思いです。

「このままほっとくと死ぬ」状態のものは、そのままそれを受け容れたいな
と思っています。

不快な症状を取り除きつつ、前向きに死に向かって歩んでいきたい。
死は別にタブーでもなければ忌むべきものでもなければ、究極は悲しむほど
のことでもない。

皆死ぬのよ。
それは順番。
自然死に限っての話。

個人的には、皆なぜそんなに長生きしたがるのか分からない。
私は46年間「今がいちばん幸せ」の状態で生きてきた人間なので、20代の
頃から「いつ死んでもいい」って思いながら生きてきました。

だからって明日からもそうとは限らないとも思います。
ただ私という人間は、二十歳のころから本質的に考えていることは全く
変わっていないということです。

好きな人には好かれたい、自分の思いのままに生きたい、やりたいことだけ
やりたい、やりたくないことはやりたくない、どうせ言うなら面白いこと、
どうせやるなら楽しく、どうせ生きるなら前向きには、ずっと変わりません。

なので私ならきっと「前向きに死んでいく」ことを選択するんじゃないかなと
今のところは思ってます。

だからって別に、それを人に押し付けようだなんて微塵も思わない。
実母だろうが実子だろうが、他人は他人、自分は自分。

今私にできることは、可能な範囲で母の思いに応えることと、母がいなく
なった後のことにも思いを馳せること。

そしてそれは「そんな縁起でもないこと!」では決してない。
全ては現実なので。

さて。
今日の夕飯は、親子丼です。


...

∨




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail