- 2019年09月17日(火) 私、自分には血も涙もないな〜って昔から思ってたんですけど、やっぱり いよいよ私には血も涙も通ってないんだなって実感しつつある今日この頃。 もう2年前になっちゃうんだな。 とても仲良くしていた主婦パートの人がいました。 年齢も(20ほど上)国籍も(香港だったか台湾だったか)違う人だったけど、 プライベートで飲みに行くほどの仲でした。 良くも悪くも真面目過ぎるくらい真面目で、仕事のこと考えると蕁麻疹が 出ると言って、いつも首を赤くしてるような人でした。 でもとっても面白くってね。気さくで、当然日本語も流暢で、仕事に対しても とても一所懸命に取り組んでいて、皆の人気者だったんです。 ある日私が出勤すると、前の日の仕事終わりにその人が突然倒れ、救急車で 運ばれたということを聞かされました。 脳梗塞だったらしいです。 それ以来、会ってません。 風の噂によると、退院はして自宅療養中ではあるみたいだけれど、話すことも できず、自分で自分のこともできないような状態なんだとか。 実は倒れる少し前から、彼女は体調が悪いといって休みがちになっていました。 なので私は「しんどいなら交替するよ。明日休みなよ。私出勤するよ。」 と何度も交代を申し出ていました。 でもそのたびに 「うん。ありがと。センパイありがと。でもだいじょぶ。だいじょぶよ私」 と言って、決められたシフトどおりに出勤していた彼女。 そんな矢先の出来事でした。 だから彼女が倒れたって聞いて、脳梗塞だって聞いて、 「言わんこっちゃない!!」 と怒りすら覚えたわね…。 私たちは時給で働く身ですから、交代を申し出るところまではできても 他人様のシフトを無理やり奪うことはできないわけですよね。 イコール、時給を、生活費を奪うことにもなってしまうわけで。 この話は一旦終わり。 んで、前にもこの話書いたっけな? 私の祖母がおんとし89歳のでぇベテランなんですけれども、ずっとお腹の調子 が悪い悪いと言っていて、病院に行ったら大腸がんだったらしく、今年の夏 前くらいに切除手術を行ったんですよね。 で、血も涙もないなって思ったのは、祖母が手術を受けるって聞いてまず 頭に浮かんだのが 「え?今から?何のために?」 って思ったところであります。 だって89歳です。 ガンは切除して、ガン部分は良くなったとして、術後元の生活に戻れる保証 はどこにもないですよね? そっから先、長くね? と真顔で思った冷血漢カロリィでございます。 しかしながらです。 本人が手術したいと言い、実際術後の面倒を見るであろう近くに住んでいる 身内がウンと言ったものに、遠方に嫁ってる私が何を言えるわけでも ありません。 そして手術は無事終わり、一度は退院もしました。 でも帰宅後ずっと祖母の体調は優れず、またもや再入院。 ホラ…。 長い…。 そんな祖母も、ほんの数ヶ月前までは 「はよ死にたいわ。全く死ねる気がせん」 と、本気とも冗談ともつかないようなことを言ってはいたのに、いざ死を 身近に感じる状況に置かれると、手術するだの入院したいだの言い出すんだ な…とすご〜く冷めた目で見てしまいました。 いや、否定も批判もしません。 きっと自分が同じ立場に置かれなければ分からないと思うから。 そして、です。 祖母の入退院やその後のケアの手続き等に奔走しているのが、娘である 私の母なわけです。 電話で聞く限り、かなりの負担が母にかかっているように思える。 私は何度も何度も 「病人の世話は病院がしてくれるけど、元気な人の面倒は誰も見てくれん のやから、自分の身体は大事にせなアカンで!ご自愛やで!」 と言い続けています。 私の母もね、典型的なA型気質の人で。 几帳面で、神経質で、まじめ。 私もA型だけど、全然羨ましくないA型気質してます。 几帳面よりはズボラ、神経質よりは大らか、真面目すぎるよりも少々 おチャラけてたほうが、人生絶対楽しいし、楽に生きられるもん。 私は夫と結婚して息子2人生まれて、B型にかこまれて生活しているうちに B型の人から「あなたB型でしょ」と断言されるまでにB型寄りの性格に なってきました。 そーいや私、「なりたい私になる」のが得意だったなあと(笑) この十数年のうちに、すっかりB型の大らかさが身についたようなのです。 なので、人に迷惑をかけるのを極端に嫌がったり、何でもかんでも自分1人 で背負い込んだりしてる人見ると、「不器用だな〜」って思っちゃう。 先述の元仲良しのパートさんにしても私の母にしても、自分1人で 頑張っちゃう人なんだよな〜。 でもそんなの全然羨ましくないし美徳でもないし、何なら結果的にはそれが いちばん人に迷惑をかけることになるかもしれないんだよ!?と思う。 しんどいときはしんどい、ツライときはツライ、もう無理〜と思ったら 背負ってるもの人に投げるのが正解(笑) ...
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