つきよにわらふ

2006年02月03日(金) 饅頭

今日は朝から饅頭が食べたかった。
特に甘党でもなく和菓子好きというわけでもなく、
記憶にある中で饅頭が食べたいと強烈に欲した瞬間というのを思い出せず、
(例えば年一回のペースでケンタッキーが食べたくなるなる、というのとはすこし違う気がする。饅頭というものは。)
饅頭に呪詛願掛け思い出の品等々の特別な意味を感じているわけでもなく、
要するに饅頭を食べたいと思うことは自分にとって非常に珍しい現象だったのだが。
しかし朝仕事をしていて、突然、
饅頭が食べたい。
しかも手作りの、かたちが不細工で餡子がぼつぼつしてるようなやつ。
という思いが意識の中に降臨し、見る見るうちに膨れ上がり、確固としたかたちを持ち、
ついには職場のお掃除のおばさんの顔が饅頭にしか見えなくなってきた。
しかし職場に付属の売店には流石に饅頭は売っておらず、
真昼間から職場で饅頭饅頭騒いだところで饅頭は降ってこないので、
私はふつふつと湧き上がる饅頭欲求を静かに押し殺すしかなかった。
今日はあいにく残業が必要であり、仕事が終わってから手作り不細工饅頭を手に入れることのできる場所ヘ移動はできないであろう、
しかも手作り不細工饅頭を何処でどのように手に入れれば良いか皆目見当もつかなかった。
実家にいれば黙っていても近所のおばあちゃんとかが作りすぎちゃってお裾分けをくれたりして、饅頭は気がつくとそこにある状態だったが、
だからこそ饅頭欲求に苦しめられた経験が無かったのであり、
恵まれていたんだな。郷愁なり。のすたるじや。
などと思ってみても饅頭欲求を誤魔化すことはできず、むしろ白熱し、
しょうがないから明日デパ地下にでも行ってみるか、
でも高級饅頭は手に入れられても手作り不細工饅頭は難しいだろう、
しかも饅頭欲求がアウトブレークしている今まさにこの瞬間に食べなければあまり意味が無いような気がする、
と、かなり追い詰められた精神状況にさえなってきたのだが、
現実問題として仕事は目の前に山積みであり、
そもそも饅頭を食うことに意味もへったくれも無いのであり、
しょうがないか、と、しょんぼりだらだら仕事を続けた。

夜。珈琲ブレイクをはさんで仕事に戻ろうとすると、
今まさに帰らんとす、と言った風情の職場の先輩が掌に大事そうに何かを抱えてやってきた。
背が低く少女のようなかわいらしさを持ったその先輩のことが私は好きなのだが、
彼女がちいさな手の中に何かを包んで歩く姿をみて、一瞬、その中には小鳥が入っているのではないかという想像をしてしまう、そんな笑顔を浮かべて。
残業?と聞かれ、ええ、と答えると、
じゃ、これ一個あげる、最初にすれ違った人にあげようと思ってたんだ、と言って、差し出す彼女のちいさな掌の中には、
なんと。饅頭。
しかも不細工。ぼつぼつした餡子がはみ出している。
まさに、ことばどおり、目を疑った。
隣の部署の子のおばあちゃんが作ったんだってー、いっぱい作りすぎたからお裾分けって持ってきてて、私流石に二個は食べられないからさ、と、先輩は饅頭を一つティッシュに取り分けて、じゃあねー、と去っていった。
掌に、饅頭のしっくりとした重み。
いそいそとデスクに戻って、おもむろに緑茶を買ってきて、食べた。
おいしかった。
なみだがでるほどおいしかった。
あまりおいしかったので、半分食べて、半分ティッシュに包んで持って帰ってきた。
今目の前に食べかけのお饅頭が横たわっていることを、私は、しあわせだなあ、と思います。
世の中、いいことばかりではないけれど、悪いことばかりではなくて、ちいさな奇跡というのは毎日あらゆるところで起こっていて、
でも最近そういうこと忘れてたなあ、と思って、
まあ兎に角私は食べかけのお饅頭をこれから食べようと思っています。
私は全体的に仕合わせ者なのだと思います、皆様どうも有り難う。


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