『庭の話』

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庭のお客様

ガーデニンググッズと言うのがあります。
その中でも何と言うかソフト方面、カエルの顔の付いた長靴とか、沢山ポケットの
付いたジーンズ素材のエプロンとか。欲しいなあ〜、高価いけど。
でも庭に出ている時の私の格好は全然そんなじゃありません。履き潰した長靴に
着潰したジャンパー、ナイロン素材のだぶだぶのズボンに ほうっかむりをしてマスクを
しています。それで、いつも庭の中 ウ○コ座りで座っています。
本職の方の作業着(実際は本職の方は ずっと良い物を着ている)と良く間違われます。
はす向かいのおばさんに、「そっち終ったらこっち草むしってくれない?」と言われた
事もあります。「はい」と返事をしたら声で気が付いたらしく、仰天されてしまいました。
我が家の庭は通りより少し高い位置にあるので、道行く人の目の高さに庭土があります。
散歩がてら通りかかる人が草花の話をしているのが聞こえると、緊張して私は思わず
木の陰に隠れます。ですがそう言う中途半端な事をすると大抵は見付かって、双方が
「うわあっ」と言う事になります。
「庭姑」(にわじゅうと)なんて言葉もありますが、実際は庭を見に来る方々は
好奇心豊かな気持ちの良い人ばかりです。緊張は私が勝手にしている物で、やはり
「この花、あそこのお店にあったわねえ。何て言う名前だっけ?」と言う声が聞こえると
教えてあげよう!と思いながらも身体は木の陰にこっそり隠れてしまうのです。
そして結局見付かって「うわああっ」となって「済みません。この花・・・」
「ええと、この花はですね・・・」となるのですが。
「ど、どうぞ宜しかったら見て行かれませんか?」と汗を流しながら言う事もあります。
一度「おうちの人に聞かなくてもいいの?」と聞かれた事もありました。やっぱり
「うちの人」ではないと思われているのね。

そんなこんなである日、どうした加減か海外からのお客様をお庭にご招待する
事になりました。ご近所に住むその方は ご主人がニュージーランド出身の方で、
その時は 妹さんが遊びに来ていたらしいのですが、彼女が庭に興味があるのだと
説明を受けました。
「ど、ど、ど、どうぞ、中へ」
通訳してくれるのは日本人の奥さんで、私は英語はさっぱりです。
母国へ帰ると「庭が待っている」と言う その妹さんは、地中海のハーブとやはり
イングリッシュガーデンで多く見られる植物、そして日本の山野草に関心を持って
見ていた様子でした。
「ああっこんな事なら 雑草くらい、ちゃんと抜いておくべきだったっ」
後悔先に立たず。砂利の上ではこれ見よがしのホタルブクロがブロンブロン
揺れています。

「ニュージーランドの夏の暑さは厳しくて ちょっと外出して戻って来ると庭の花も
葉もちりちりになってしまっているの。手に負えないわ」
なるほど、こちらも暑い日は暑いけど、ちりちりと言う事は無いな。
別れ際、庭正面のリンゴの木にみなの目が止まりました。
「これは何の木ですか?」
「リンゴです。ええと」これは自分で言ってみようかなと、一生懸命慣れない言葉で
説明します。時折奥さんが助け舟を出してくれます。
「これは、息子が生まれた時に植えたものです。息子と一緒に木も大きくなって
たくさん実を付ける様に。我が家のファミリーツリーです」
「素晴らしいわ」と妹さん。これはちゃんと解ったので、嬉しくなりました。
「では息子さんに婚約者が出来た時には このを持って婚約者の家を訪ねるのね?」

・・・・・・・・・。
それは・・・・・・考えて見た事もありませんでした。
何となく「実がなる」ってのが縁起が良さそうだって事でリンゴにしただけなんで。
彼らはとても丁寧にお礼をして庭から離れて行きました。私の手は泥だらけでしたが
握手をして別れました。
子供の健康を願って植えた木でしたが、それ以来 自分の中でこのリンゴは少しだけ
違う意味を持って立っています。
実を持って行くのが照れくさいなら、パイにするのもいいかも知れない。
今は焼けないけど(恥)その頃までには何とかなるでしょ。
いつか、そんな日が来たら 嫌がっても持たせてやろうと思っています。

相変わらず、誰か来ると庭師は隠れてしまいますが
庭のお客様は、素敵な人ばかりです。




管理人 焙煎 |午後からガーデン