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2022年05月08日(日) ドッキリはいらない。

「ウソ告」という言葉を初めて聞いた。
好きでもない人にラインなどで告白をして、相手のリアクション後に嘘だとバラすイタズラだという。それが友人の子どもが通う中学校で流行っているらしい。
トーク画面のスクリーンショットはもちろん拡散される。そんなことをされたら、ショックで学校に行けなくなるかもしれない。この先好きだと言ってくれる人が現れても、「まただまされるのでは……」と警戒せずにはいられないだろう。
人の心をもてあそび、後々まで消えない傷を残す、許されない行為だ。

それがゲーム感覚で行われているというから、びっくりしてしまう。中学生にもなって、やっていいことと悪いこともわからないのか。
が、ふと思った。テレビでもユーチューブでもドッキリコンテンツがあふれていて、堂々と人をだましたり試したりしている。ターゲットにされた人が動揺したり怯えたりしている姿を大人たちが喜んで見ているのだから、中学生がそれに倣って同級生に“告白ドッキリ”を企てたって不思議はない。



私が子どもの頃にも、「元祖どっきりカメラ」「いたずらウォッチング!!」といった番組があった。
ターゲットはたいてい一般人で、仕掛けは単純。坂の上から道幅いっぱいの大玉が転がり落ちてくるとか、住宅街を歩いていたら突然百人の男たちが前方から全速力で走ってくる(100人隊シリーズ)とか。凝ったものでは、スナックで飲んでいた客がトイレから戻ると、店がヤクザの事務所に変わっていた……という“模様替えドッキリ”があったっけ。
過激なものもあったが、自分が引っかかってみたいと思うようなイタズラをいくつも思い出すことができる。

しかし、大人になったらドッキリ番組で笑えなくなった。
「こんなことをして大丈夫なのか」「いくらなんでもターゲットに失礼だろう」「人の心をなんだと思ってるんだ」と言いたくなるような内容のものが多いからだ。
歌手がステージで歌っているときに突然床が落ちる、スポーツ選手が走りだした瞬間に前方の床が開く……という落とし穴ドッキリ。その拍子に舌を噛んだり足を痛めたりすることはないのか、身体が資本の人にもしケガをさせたらどうするんだ、とハラハラしてしまう。
思えば、100人隊も相当危険なことをしていた。道を歩いていて突然「アイツだ!」と叫ばれ、百人が自分めがけて走ってきたら誰だって逃げる。年配の人にも容赦なく仕掛けていたが、あの頃は「もし転んで骨折したら……」ということまで誰も考えなかった。だから、一般人相手にああいうことができ、見る側も無邪気に楽しめたのだろう。
同じ映像をいま見たら、私はきっと、
「信号待ち中の人にいきなり後ろからハリセンして、びっくりして道路に飛び出したら大惨事だよ」
「歩いている人を突然胴上げなんかして、もし首や腰を痛めている人だったらどうするんだろう」
が気になって、むかしのようには笑えないにちがいない。

そんなわけで、私がその手の番組を目にするのは家族が見ているときだけであるが、最近のドッキリはターゲットに疑われないようにするためかやたら手が込んでいて、ネタばらしまで長い時間をかけるものもあるようだ。
大きな仕事が入ったとか主役に抜擢されたとか言われ、若手の芸人やタレントは喜んでその準備やレッスンに励む。そうして何か月も夢を見させてから突き落とすのである。宝くじ当選ドッキリもとても気の毒だ。
「スポーツ番組の収録と聞いていたから、現役と同じトレーニングをして食事制限もして、この日のために調整してきた」
と落とし穴に落とされた元プロサッカー選手。人の“本気”を嘲笑うようなことをして気がとがめないんだろうか。
ターゲットを精神的に追いつめる系のドッキリもいっぱいだ。大御所に怒鳴られたり万引きの疑いをかけられたりして真っ青になっている人を見て、スタジオは手を叩いて大盛り上がり。悪趣味としか言いようがない。

その上、だまされた側は「ドッキリで〜す」と言われたら笑って許さなくてはならないのだから、つくづく酷な話である。
ターゲットが一般人でない場合は「放送できるものが撮れなかったら困る」という制作側の事情がわかるから、カメラの前でぶちギレるわけにいかず、感情を押し殺すのだろう。
引きつった笑顔を見ながら、不快な思いをさせられた側が“大人の対応”を強要される理不尽さにも憤る私である。



ところで、ウソ告について職場で一番若い同僚に訊いてみたところ、
「私も高校時代にウソ告されて付き合ったことあります」
と言うからびっくり。だけど、付き合ったんならウソ告じゃないじゃない。
「それが、ウソ告して“付き合う”ところまでが罰ゲームだったらしくて」
ええーー。なんなの、それ……。で、相手とはどうなったの?
「友だちから『ウソ告して一か月付き合う』ってルールになってるらしいよって情報が入ったから、一か月になる前日に『初めから全部知ってたんだ』って顔して振ってやりました」

ウソ告が横行していたら、“本物”との見分けがつかないだろう。
「どうせウソ告でしょ。私はだまされないからね」
「いや、ガチだから。中一のときからずっと……」
「じゃあ証拠見せてよ。それと、ここから先はラインではやりとりしないから」
「だから、嘘じゃないって」
なんて展開が目に見えるようだ。
で、付き合うという話になってもしばらくの間は疑惑が晴れることはないわけね……。

日常の中にサプライズはあってもいいけど、ドッキリはいらない。
好きだという言葉を信じることができないとか、いいことがあったときに喜びより先に「……いや、ちょっと待てよ」が頭をよぎるようになるなんて、かなしすぎるもん。

【あとがき】
同僚が言うには、本気の告白なのに断られると「嘘に決まってるだろ!」とごまかすケースもあるらしく、ウソ告だったのかガチ告だったのか結局わからないことも多いそうです。
振られてはずかしくても悔しくても、「好きじゃない」なんて言って逃げちゃだめ。相手はきっと真剣に返事してくれたんだから。