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2020年12月30日(水) たとえ宇宙ごみのような存在でも

私は以前、「サイトばれ」をテーマにしたテキストの中でこう書いたことがある。
「日記を通じて知り合った人がリアルの友人になるのはうれしいことだが、その逆は生理的に嫌。きっと耐えられないだろう」
それが現実になったとき、不快感は想像を超えてきた。
私と相手の関係性を考えると、サイトばれではなく、まったくの偶然でここを読んでいた可能性が高い。書き手が私だと気づいていることはおそらくない。しかし、私にとっては実生活での人間関係が「小町」の視界に入ってきたことに変わりはなく、胸の中に重苦しい空気が立ち込めた。
気にしないよう努めながら書くことはできるだろうか……。何度か試してみたけれど、やはり無理だった。
そうしたら私は日記への執着を急激に失い、いやそれどころか自サイトにアクセスするのも嫌になった。

最後の更新から約九年。あんなに大切に育ててきたサイトを、自分がこれほど長い期間放置できるとは思わなかった。
それでも二年ほど前から、ふとした瞬間に「これ、書きたいな」と思うことがでてきた。
「私、まだ書けるのかな……」
もう七年も書いていない。書くための“筋力”が衰え、書けなくなっているかもしれない。でも、一度書いてみようか……。
元の場所に戻る気にはならなかった。私は別のところで別のハンドルネームで、ひっそりとまた書きはじめた。

そして、その別サイトに届いた一本のメールが、私が今日ここにこのテキストをアップするきっかけをつくってくれた。
開設して一年が過ぎた頃、「お久しぶりです!」という件名のメールが届いた。しかし、差出人の名前に覚えがない。誰だろうと思いながら読みすすめたのであるが、最後の一文に驚いた。
「ところで、『われ思ふ ゆえに・・・』の小町さんですよね!お久しぶりです、Aです(私もハンドルネーム変えました)。少し前にここを見つけて、また日記書かれていたんだ〜とうれしくてメールしてしまいました。これからも読ませていただきます」
Aさんなら覚えている。『われ思ふ ゆえに・・・』に何度も感想メールをくださった、熱心な読み手の方だった。
それにしても、不思議である。Aさんはどうして私が「小町さん」だと思ったのだろう。メールの件名を見ると確信に満ちているが、勘違いかもしれないとは思わなかったのだろうか。
お礼メールの中でその点を尋ねると、別サイトのテキストを初めて読んだときに「小町さんのテキストと雰囲気が似ている」と感じ、過去ログも読んでみたところ、「小町さんの顔が浮かんだので、間違いないと(笑)」と返ってきた。
思わずふきだした。「一度も会ったことないのに、私の顔が浮かぶわけないじゃない!」とつっこみたいのではない。その逆だ。その昔、私にも愛読している日記サイトがいくつもあったが、どの書き手ものっぺらぼうではなかった。
その視点、発想、表現、展開に感心し、ため息をつき、書いているのはどんな人なんだろう、この人はどんな生活をしているのかしらと思いをめぐらせる。文章に惹かれ、ときには恋心を抱くこともあるかもしれない。書き手への感情が生まれるのは、紡がれた言葉が「データ」ではないから。
そうして、「書き手の顔」ができあがっていく。たとえそれが実物とは似ても似つかぬものであっても、ちっともかまわないのだ。
だから、Aさんの「テキストからイメージした顔が同じだったから」はとても説得力のある回答だった。
Aさんはこうも書いてくれていた。
「私はホームページを持っていないので、小町さんのアンケートに参加したときに自分のコメントが掲載されたのがすごくうれしかったんです」
そうそう、アンケートもいろいろしたんだっけ。「オトコの前開き事情」「給食の思い出」「和式トイレのレバー問題」「私の顔」など、毎回どうでもいいようなテーマをみなさんに大まじめに問うたのだった。そして、いただいたコメントはすべて、感謝を込めて別ページに掲載してきた。それを喜んでくれていた人もいたんだなあ。
他にも、旅先からの絵ハガキ企画や100万アクセス達成記念本プレゼントクイズ、オフ会開催……。私はたくさんの読み手の方に支えられてあの日々があったことを思い出した。

そして何年かぶりに過去ログを読んでみる気になった私は、ここにアクセスし……言葉を失った。
サイトタイトルも背景も表示されておらず、テキストが野ざらしになっていた。バナーや壁紙の画像を置いていたサーバーがいつのまにかサービスを終了していたらしい。誰のなんというサイトかもわからない、まさに「残骸」といった様相。いつからこんな哀しい姿に……。
復旧作業をしながら、過去ログの数とその熱量に驚く。すべてのテキストは“あの日あのとき”だったから書けたもの。いまの私が同じテーマで書いても、まるで違ったものになるだろう。これらはまぎれもなく、ある時期の私自身の一部だったのだ。
「こんな扱いをしたらだめでしょ……」
自分に向かってつぶやく。名もなき個人の日記サイトなど、インターネット上に浮遊する宇宙ごみのようなものだろう。しかし愛情を持って手入れしているかぎりは、自分にとっては輝く星であるはず。
気がつけば、あの日からずっとまとわりついて離れなかった不快感は憑き物が落ちたように私の中から消えていた。



これが、九年前あいさつもなくここを離れ、今日ここに戻った経緯だ。
やはり長らくアクセスしておらず、パスワードを忘れてしまっていたメールボックスをやっとのことで開いたら、小町宛にメールがいくつも届いていた。何年も前の日付のものもあり、本当に申し訳なく思う。これから少しずつ返信させていただこう。
今後については、別サイトで書いていたテキストをこちらに移動させようと思っている。ここ二年ほどの間に書いた“過去ログ”ではあるけれど、ひとつずつ更新していくので、よかったら読んでね。
その後はここで不定期に書いていく予定。更新は二か月に一度くらいになるだろう。季節の変わり目に来てもらったら、新しいテキストが一本か二本アップされているんじゃないかな。
サイト名とハンドルネーム、メールアドレスはこの機会に変更しようと思う。書くことを思い出させてくれたもうひとつのサイトに感謝して、次回からそちらに。

こんなに長く留守にしたのに、『われ思ふ ゆえに・・・』を忘れないでいてくれてありがとう。
2021年があなたにとって幸せな一年になりますように。

【 参照過去ログ 】
 2006年 9月 6日付   オトコの前開き事情(前編)
 2006年 3月 3日付   私が知らない給食の味(前編)
 2005年 5月23日付  和式トイレの疑問
 2004年 7月23日付  私について(前編)
 2007年11月 5日付  ご愛読くださっている方々へ


【あとがき】
テレビで「説明責任」という言葉を耳にするたび(最近だと安倍前首相とか小室圭さんね)、「私も果たしてないな……」と大きな宿題を残している気分でした。こんなに時間がたってしまっては、あの頃読んでくれていた人のうちの一部にしか伝えられないでしょうけど、肩の荷がちょっぴり軽くなった感じです。え、不快感?不思議なことに、もうありません。
次回の更新時からサイト上の表記は変わるけれど、書いている人間は同じなので、これからも「小町さん」と呼んでもらってかまいません。よろしく。